賞金は最低額でもゴルフ界の頂点…今年の全英オープン毀誉褒貶だった
バンカーを易しく変更
だが、全英オープン開幕後、一転してR&Aに対する批判の声が上がる事態が起きた。
大会初日、ロイヤル・リバプールの18番グリーン右サイドの2つのバンカーでは、ロリー・マキロイをはじめとする何人もの選手が脱出に苦戦した。
切り立ったポットバンカー(全長が小さく深さのあるバンカー)の中で、ボールが壁際に接近してしまい、「立てない」「構えられない」「バックスイングできない」「打てない」「出せない」の四重苦、五重苦を強いられた選手もいた。
そのため「設定が難しすぎる」「やりすぎだ」「アンフェアだ」といった不平不満が選手たちから噴出した。すると、ついにR&Aは、コース全域に点在する80個のポットバンカーを見直し、易しくすることを決定。金曜日の朝には、ロイヤル・リバプールのバンカーが、ほんの少し易しくなった姿で選手たちを待っていたという。
どうやって難しいポットバンカーを易しくしたのか?
R&Aの声明によると、砂の入れ方を工夫し、バンカー内に落下したボールが壁際に向かって転がらずに手前側に留まるよう、バンカー底部にうまく傾斜を付けたとのことだ。
実際にプレーする選手たちにとって、その変更がどれほどの助けになったのかは計りようもない。だが、ロリー・マキロイいわく、「そのチェンジを歓迎しない選手は1人もいないと思う」。選手がスコアメイクのヘルプになるかもしれないことを歓迎するのは当然と言えば当然である。
しかし、海沿いに広がるリンクスコース(自然の地形を利用した砂地の多いゴルフ場)でプレーする醍醐味は、大自然との戦いだ。深いポットバンカーを相手に四苦八苦することは、リンクスゴルフの象徴のようなものだ。
いくら選手たちから「難しすぎる」「アンフェアだ」と言われたからといって、その象徴に手を加え、一夜にして難度を下げる方向へ変えてしまったことに、「リンクスゴルフやゴルフそのものに対する冒涜だ」という批判の声が方々から上がり、激しく糾弾している米メディアも見られる。
難所だからこそ「トミーズ・バンカー」が生まれた
全英オープンのバンカーの難しさといえば、日本でも欧米でも「トミーズ・バンカー」が知られている。
「トミー」こと日本の中嶋常幸は、ゴルフの「聖地」セント・アンドリュースで開催された1978年の全英オープンで優勝争いに絡んだ。しかし、17番(パー4)のグリーンサイドのバンカーにつかまり、脱出に4打を要し、そのホールで「9」を喫した。そのバンカーは「トミーズ・バンカー」と名付けられ、彼の名はトロフィーには刻まれなかったものの、ゴルフ・ヒストリーには残る形になった。
もしもあのとき、R&Aがバンカー内の傾斜に手を加え、難度を下げて易しくしていたら、彼の名が歴史に残されることはなかっただろう。「単なる大叩き」として、あっという間に忘れ去れていたはずである。リンクスゴルフの難しさに真っ向から立ち向かうからこそ、戦士たちの必死の戦いに人々は心を打たれ、「頑張れ」とエールを送りたくなる。
その舞台を易々と変えることに異議を唱える人々がいることは、「ごもっとも」と頷ける。
リブゴルフの出現で大揺れしたゴルフ界は、PGAツアーとPIFの統合合意が発表されたとはいえ、今なお確固とした未来像が見えず、不安定な状況にある。
そんな中、メジャー4大会とそれらを主催する団体は、ゴルフ界のこれからを担う最後の砦だ。ゴルフ界のリーダーたちには、今まで以上のリーダーシップが求められる。揺るぎない姿勢と深慮を保ち、ゴルフというゲームをしっかり守り、導いていただきたい。