「指先の黒インク」が無言の圧力になるカンボジア選挙事情 “投票率84%”に5つのカラクリ

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白紙投票を警戒

 そして5つ目は投票所。投票した人によると、選挙を管理するスタッフがそれとなく記入しているところに視線を向けることが多かったという。これまでの選挙ではあまり気にならなかったが、今回は……。

 フン・セン氏を批判する勢力は、白紙投票を呼びかけてもいた。名乗りをあげている政党はフン・セン氏率いる人民党以外もあるが、選挙の態をなすための立候補の色合いも強いという。前回も全議席を人民党が独占していた。

 強い圧力のなかで投票所に向かっても投票する先がない。白紙投票はそのなかでの抗議の意志でもあったが、フン・セン氏はそれさえ警戒していたようにもとれる。

 こうして獲得した84%という投票率だった。

「ポル・ポトを知っている身としたら…」の声

 国際社会のフン・セン氏への批判は多い。40年近く実権を握り、強引に一党独裁をつづけるからだ。しかしカンボジアの人々に訊くと、フン・セン氏への批判はあまり聞こえてこない。とくに高齢者はフン・セン氏を評価する人も少なくない。

「ポル・ポト時代を知っている身としたら、あの時代からいまのカンボジアに導いたフン・セン氏の功績は大きい。中国との関係などいろいろ問題はあるけどね」

 と、シェムリアップに住むTさん(78)は語る。

 反発は若い世代から起きてきてはいるが、前出のFさんはこういう。

「若い世代は本来の選挙を知らないんです。私だって。なにしろフン・セン氏は40年も首相の座にいるんですから」

 選挙は波風ひとつたたずに静かに終わった。前回以上にシステム化され、有権者確認や開票もスムーズだったという。歓声は人民党関係者から響くだけだ。

 フン・セン氏が今回の選挙にここまでこだわったのは、長男のフン・マネット氏(45)が出馬しているからだともいわれる。

 息子への花道選挙ということだろうか。3、4週間後にはフン・マネット氏が首相に就任する噂も流れている。

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954(昭和29)年、長野県生れ。旅行作家。『12万円で世界を歩く』でデビュー。『ホテルバンコクにようこそ』『新・バンコク探検』『5万4千円でアジア大横断』『格安エアラインで世界一周』『愛蔵と泡盛酒場「山原船」物語』『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』『沖縄の離島 路線バスの旅』『コロナ禍を旅する』など、アジアと旅に関する著書多数。『南の島の甲子園―八重山商工の夏』でミズノスポーツライター賞最優秀賞。近著に『僕はこんなふうに旅をしてきた』(朝日文庫)、『旅する桃源郷』(産業編集センター)。

デイリー新潮編集部

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