日本の海運を守るために必要なことは何か――長澤仁志(日本郵船取締役会長)【佐藤優の頂上対決】

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アンモニア燃料船へ

佐藤 もちろん脱炭素には取り組まねばなりませんが、船舶は飛行機ほど二酸化炭素を出しません。鉄道と並んで極めて環境にやさしい輸送手段といえます。

長澤 それはそうですし、大量輸送を行えます。ただ二酸化炭素の排出量は、全世界で380億トンほどあって、そのうち輸送に起因するものが約70億トンを占めています。そして国際海運はその中の約8億トンで、私どもが1200万トンくらい出している。これが大きいといえるかはわかりませんが、少なくとも小さくはない。国を代表する海運会社としては、この課題にしっかり向き合っていかなければなりません。

佐藤 具体的には、どのような取り組みをされているのですか。

長澤 現在、多くの船が重油を燃料にして走っています。これを二酸化炭素排出量の少ないLNG(液化天然ガス)やLPG(液化石油ガス)、メタノールに変えていきます。同じ化石燃料でも、より環境にやさしい燃料に変えていく。

佐藤 そこまでは現在ある技術でできますね。

長澤 はい。そして次はアンモニア燃料です。以前、この欄に登場された電力会社JERAの小野田聡社長(当時)は、まずは化石燃料との混焼から始めてアンモニアの比率を上げていくとおっしゃっていましたが、私どももアンモニアを燃料とする船を研究していて、来年にはまず「タグボート」1隻が完成します。

佐藤 港で船を押し引きする船ですね。どこで使われるのですか。

長澤 東京湾です。

佐藤 それは注目を集めそうですね。

長澤 その次は、2026年にアンモニア燃料で走るアンモニア輸送船を就航させます。ジャパンエンジンコーポレーションという会社と協調して開発し、エンジンはほぼめどが立ちました。

佐藤 これにはかなりのコストが掛かるのではないですか。

長澤 5万立方メートルの船を造っていますが、同じサイズの重油だきの船に比べると、3倍くらい掛かります。

佐藤 そこに、この2年間の利益が生きてくる。

長澤 はい。ただ、アンモニア燃料にはいくつか課題があります。まず、アンモニアには強い毒性がある。

佐藤 私は自宅でいろいろ海洋生物を飼っていますが、魚が一匹でも死んでアンモニアを出すと全滅します。

長澤 そうでしょう。強烈な臭いもありますのでいかに乗組員の安全を確保するかが第一の課題です。それからコストの問題があります。アンモニアの場合、同じ熱量を作るために重油の2倍の量が必要になるんです。当然、船のタンクも大きくしなければならない。そしてアンモニアを供給する拠点も作らなければなりません。ですから、普及まではまだ少し時間が掛かるでしょうね。

佐藤 水素燃料はどうですか。

長澤 水素で重油と同じ熱量を作るには、4.5倍の量が必要です。つまり船の中に4.5倍のタンクを造らないといけない。

佐藤 貨物スペースが減りますね。

長澤 ええ、非常に大きなタンクを搭載しなければなりませんから、経済合理性から見てかなり難しい。また物理的にも液化水素はマイナス253度で冷やす必要があります。その機能を持つタンクを造れるのか、それをコントロールできるのか、という問題もあります。

佐藤 まだ技術的な問題が解消されていない。

長澤 さらに水素もサプライチェーンの問題がありますから、現実的なのはアンモニア燃料ですね。

佐藤 やはり荷主から温室効果ガス削減を強く求められているのですか。

長澤 関心は非常に高いですね。一方、ソフト面でも効率的な航海をすることで二酸化炭素削減に取り組んでいます。いまはさまざまな人工衛星が飛んでいて、気象や海流などの状態が細かくわかる。その情報と、船に搭載している「SIMS(シムズ:Ship Information Management System)」という装置で集めた船速や燃費に関するデータを突き合わせ、最適な航路を選んで効率のいい走り方をするのです。

佐藤 なるべく燃料を使わなくていいコースを見つけるわけですね。

長澤 はい。また港でも荷役時間による影響を最小限にできるよう、陸上の交通機関とうまく連携させる。これはDX(デジタルトランスフォーメーション)を活用します。こうしたハードとソフトの両面で、温室効果ガスの削減を進めています。

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