日本の海運を守るために必要なことは何か――長澤仁志(日本郵船取締役会長)【佐藤優の頂上対決】
コロナ禍で需給バランスが崩壊、運賃が高騰したことから、2年連続で純利益が1兆円を超えた日本郵船。その収益はアンモニア燃料船など脱炭素船への転換と、流動化する国際情勢の中での安定的な海運システム構築に振り向けられるが、大きな問題がある。日本の造船業の衰退と日本人船員の激減である。
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佐藤 日本郵船は2023年3月期の決算で、連結売上高が2兆6161億円、純利益が1兆125億円となり、2年連続で最終利益が1兆円を超えました。ものすごい数字です。
長澤 あまりに大きな数字なので、私どもも実感がないんですよ。今年、三菱商事や三井物産といった商社が純利益1兆円を超えましたが、昨年まで日本には8社しかありませんでした。そこに弊社が入るとは、想像だにしていませんでした。
佐藤 これまでの最高益はどのくらいだったのですか。
長澤 2008年3月期の1141億円です。中国の鉄鋼需要増加を受けて生まれた数字ですが、それまでは例年、数百億円程度でした。
佐藤 ではこの2年で、その20倍を稼いだことになるわけですね。半分以上が、出資するコンテナ船会社ONE(Ocean Network Express)からの投資利益だと聞きました。
長澤 その通りです。ONEは、2017年に私どもと商船三井、川崎汽船のコンテナ部門が統合して、シンガポールに設立された海運会社です。それぞれ歴史も仕事のやり方も違う中、初めは苦労していましたが、2年目にはトントンになり、3年目から大きな利益を出すようになりました。世界118カ国に支店のある巨大な会社が、よく短期間に大きな利益を出せるようになったものだと思います。
佐藤 ONEに加えて自動車船、バラ積み船の業績もありますが、なぜこれほどの利益が出せたのでしょうか。
長澤 2020年にコロナ禍が始まると、外出制限が行われて物流現場に人が行けなくなりました。このため、港湾や鉄道の労働者やトラックのドライバーなどが不足した。そうすると、当然ながら船の荷さばきが滞ってしまいます。それで船の回転がすごく悪くなった。
佐藤 どれだけ自動化されても、そこは人手が必要ですからね。
長澤 とはいえ、サプライチェーン上、運ばなければならない貨物があります。その部品がなければ工場で製品が組み立てられないとなれば、スペースの取り合いになる。そこで需給バランスが崩れ、一挙にコンテナの運賃が上がったのです。
佐藤 どのくらい上がりましたか。
長澤 6倍以上です。例えば、主要航路であるアジアから北米西海岸に向かうコンテナ船の運賃は、標準的な40フィートコンテナ1個が1万ドルを超えました。だいたい畳17枚分のスペースです。いまは落ち着いて、1300ドルから1400ドルくらいになっています。
佐藤 そんなに変わるのですか。
長澤 ええ、物流が目詰まりを起こすと、一気に高騰します。今回の1兆円超えはその結果ですが、背景を考えれば、決して手放しで喜べるものではありません。お客さまが非常に苦労されたわけですから。他から船を引っ張ってきたり臨時のスペースを作るなどいろいろ努力はしましたが、追いつかなかった。今回の利益は、現在のサプライチェーンの欠陥を露呈したものともいえるわけです。
佐藤 コロナ禍前までは、どんな状況だったのですか。
長澤 実は2010年代は、海運業が非常に苦しんだ時代でした。一番大きな要因は、2008年のリーマンショックです。そして2011年の東日本大震災。こうした外的要因によって貨物が減りました。また、独占禁止法に抵触するとして船会社数社に課徴金が課されたこともありました。
佐藤 ガバナンスの問題もあった。
長澤 それからもう一つ、2000年代後半に中国経済が急成長して船の需要が高まった際、高い値段で船を大量発注していたんですね。そうした負の要因が重なって、相当に体力を消耗していました。
佐藤 それが、一気に局面が変わった。
長澤 そうです。2010年代以降は国際的な脱炭素の流れの中で、温室効果ガスに対応する必要も出てきました。ただ、これには相当なお金がかかります。そこに十分な投資ができるか、不安もありましたから、今回の業績は、天佑だと思っています。
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