佐藤蛾次郎は外見に似合わず、細やかな神経の人…団子屋に寅さんが帰ってくるシーンで気付いた渥美清の異変とは
日本の新聞社で唯一「大衆文化担当」の肩書を持つ朝日新聞編集委員の小泉信一さんが、様々なジャンルで活躍した人たちの人生の幕引きを前に抱いた諦念、無常観を探る連載「メメント・モリな人たち」。今回取り上げているのは、映画「男はつらいよ」で帝釈天の寺男・源公を演じた佐藤蛾次郎さん(1944~2022)です。寅さんを演じた渥美清さん(1928~1996)を間近で見続けた人生は、自身の死生観に何らかの影響を与えなかったのか――。蛾次郎さんの人生を追います。
【写真特集】20歳の頃から「男はつらいよ」まで、元気だった蛾次郎さんの姿
握りずしについているワサビみたいな男
前回に続き昨年12月に78歳で急逝した俳優・佐藤蛾次郎の話を進めたい。
「俺の思い出話なんか面白くないよ」
のっけから、そんな声が聞こえてきそうだ。「俺のことなんて誰も興味ないよ。新聞記者なら、もっと別なことを書いたほうがいいよ」。真顔でそんなことまで言われそうだ。
映画「男はつらいよ」シリーズ(1969~2019)のレギュラーで、葛飾柴又の帝釈天で働く寺男を演じた蛾次郎。掃除や水まき、御前様のお供などをするが、寅さんの弟分として商売の手伝いや団子屋の店員として働いたこともある。美しいマドンナが寅さんの柴又に現れると「寅の恋人が来たでえ~」と噂をまき散らす。
「握りずしについているワサビみたいな男。いなくていいかもしれないけれど、いないと困る」
蛾次郎は自らの役柄をそう語っていたが、味わい深い名脇役といえるだろう。寅さんを「兄貴」と呼んで慕う一方、寅さんがドジを踏むと「イヒヒ……」。こっそり笑ったりもしていた。「困った。本当に困った」。御前様に叱られても、まったく懲りなかった。
さて、前回の本欄では愛妻に先立たれ孤独だった蛾次郎の晩年や亡くなった経緯などについて触れたが、やはり蛾次郎の悲報は寅さんファンにとっては衝撃的だった。
「死は推理小説のラストのごとく、本人にとって最も意外な形でやってくる」
作家・山田風太郎の言葉が思い浮かぶ。
たしかに、癌など病気にならないようにいかに気をつけていても、ある日、癌であると告知されるかもしれない。路上で車にひかれ、亡くなるかもしれない。建物火災に巻き込まれたり、豪雨による土砂災害で被災するかもしれない。
死にいたる経緯は実にさまざま。前もって予知することなど不可能である。
その一方で、死はどんな人間にも確実に訪れる。だからこそ、従容(しょうよう)と受け入れることが大切なのではないか。作詞家・阿久悠(1937~2007)の言葉を紹介する。
「手術には成功したが、ぼくという人間の生命のカウントダウン用の時計が、その時点でスタートしたことには違いない、と確信を持った。/ただし、その時計が五年計か十年計か、神のみが知るのである。長さはわからないが、刻みの音は確かで、コチコチと終わりを目ざして動いている」(『生きっぱなしの記』日本経済新聞社)
2001年7月に腎臓に癌が見つかり、同年9月に摘出手術をした阿久。その後も癌は再発、再々発し、阿久の人生時計のカウントダウンは早まった。
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