坂本龍一さんが愛用した「べっ甲柄の丸眼鏡」秘話 フランス人眼鏡デザイナーの素顔と1年前の死
対談のオファーを断念、そしてまさかの訃報
そうして作られた眼鏡は、「誰にでも似合う眼鏡」ではなく「似合う人を求める眼鏡」になった。そこで「求められた」うちの1人が、デュラン氏が愛する日本で生まれ育った「世界のサカモト」だ。坂本氏は「メビウス」が日本総代理店となる前、アパレル業界出身の日本人男性を介して「ジャック・デュラン」の眼鏡と出会ったという。
「坂本さんは本当によくお似合いですよね。一般の方で顔の輪郭などが違っていても、『この眼鏡をかけた 自分も素敵になれるのでは。これが似合う自分になりたい』と思われるようです。坂本さんの愛用モデル『PAQUES L 506』はジャックの存在感がかなり大きいデザインですから、本当はそんなにたくさん売れるものではないのですが」
以前から「坂本さんと同じモデルを」とショップを訪れる人は多かったが、昨年末のピアノコンサート配信後はその数が増加。訃報が流れた後も増え続け、現在は入手まで半年待ちである。
「私どもが日本総代理店になった後、坂本さんに『ジャック・デュラン』の眼鏡を紹介された方と一緒に、ジャックと坂本さんの対談を企画していたんです。ジャックはもちろん、坂本さんが愛用していることを知っていましたから、とても乗り気で。でも、坂本さんにオファーする前、坂本さんの二度目のがん闘病が始まってしまいました」
山田氏は対談のオファーを断念。それからしばらく経った頃、イタリアからまさかの訃報が届く。
「坂本さんが亡くなるほぼ一年前、2022年の4月4日にジャックが亡くなりました。その前の年に急激に痩せて、亡くなる少し前からは、いつもはすぐにあるメッセージの返事がなく、心配していたときでした」
フランスメディアの報道によると、デュラン氏も死因はがんだった。
「ジャックの眼鏡は、テンプルの下側という見えにくい位置にブランド名とモデル名が刻印されています。ジャックの生前はほとんどのモデルがオレンジ色の刻印でしたが、死去後はグレーに変わりました。これは、ジャックの遺言だったそうです」
このオレンジ色は、ブランドロゴの末尾についているピリオドと同じ色。以前の山田氏はオレンジ色の理由がわからなかったが、デュラン氏の死後に刻印がグレーに変わったことで、デュラン氏にとって「命の色」だったように思えたという。
「だからジャックにとって、眼鏡は人生そのものだったのでしょう。でも、なにかをずっと心に秘めているような人でしたから、あえてあれこれと尋ねませんでした。ジャックも坂本さんもいなくなってしまい、もし対談が実現していたらどんな内容になったのかと、いまでも考えてしまいます」
1年違いの春、ともに70代前半でこの世を去った2人のアーティスト。坂本氏の追悼記事には、酒と冗談が好きだった気さくな一面を語るものもあった。山田氏が知るデュラン氏も、ワインとスイーツを愛する話好きな人物だ。また坂本氏にとっては音楽が、デュラン氏にとっては眼鏡が、まさに人生そのものだった。そんな2人の“コラボレーション”は、デュラン氏の眼鏡をかけて演奏をする坂本氏の姿として永遠に残る。