坂本龍一さんが愛用した「べっ甲柄の丸眼鏡」秘話 フランス人眼鏡デザイナーの素顔と1年前の死
昔ながらの職人と繊細なアーティスト…いい意味での2面性
当時の「メビウス」が「ジャック・デュラン」を多数販売していたこともあり、デュラン氏と山田氏は意気投合。交流は続き、2017年には「メビウス」が日本の輸入総代理店となった。現在は「ジャック・デュラン ジャパン」の看板も掲げている。
「輸入総代理店として取り扱う商品を選ぶために、ジャックのオフィスとアトリエがあるイタリアへ行くようになりました。ミラノとベネチアのあいだにあるモンテッキオ・マッジョーレという町です。山深くて自然に恵まれていて、とても風光明媚な場所でしたね」
最初の滞在で、山田氏はデュラン氏たちと三食をともにしながら商品を選んだ。そのときに直接のビジネスパートナーとして見たデュラン氏は、昔ながらの職人と繊細なアーティストが同居したような人物だったという。
「お酒と食べることが大好きで、スイーツも愛するフランス人です。車も好きで愛車はポルシェ。日本からスタッフを連れていったとき、みんなでローマに移動することになったので、ジャックがポルシェではない車を運転してくれたんですが……その運転がすごい(笑)。スピードもハンドルさばきも荒々しくて、なんというか豪快でした。
クリエーションに関する会話は、彼が土台としている現代美術についての内容が多かったですね。基本的にはお茶目で明るいのですが、どこか怪物的というか……クリエーションに対しては少し鬼っぽいところも感じました。いい意味で2面性がある、ガツンとしたパンチが効いた人です」
そうした気質は、アイテムの随所に表れている。たとえば、商品に付属する使用パーツと産地の一覧表。デュラン氏は幼少期にジュラで見ていた眼鏡のように、100パーセントの欧州生産にこだわっていた。また、個性的なデザインにしても、デザインセンスだけが先走っているわけではない。
「多くの人はまず、眼鏡について機能性を考えますよね。ジャックもそれは大事にしていて、もとは眼鏡技師ですから、重心やテンプル(つる)の太さなど、かけ心地への配慮はすでに完成させています。だからこそ、機能とまったく関係ないデザインが追加できるんです」
「海峡シリーズ」というモデルでは、テンプルの内側に波のような凹凸がついている。生前のデュラン氏いわく、それは「単に純粋なデザイン」。機能性を考え尽くしたからこそ、作り手の感性を自由に乗せられたというわけだ。
デュラン氏を語る上で忘れてはいけないのは、大の日本好きを公言していたこと。何度も来日し、山田氏の会社が輸入総代理店になってからも、毎年の展示会シーズンに合わせた来日が恒例だった。
「フランス人に日本好きの方が多い理由は、フランスとまったく異なり、なおかつ匹敵するような伝統や文化が、長きにわたって形成されていることがあると思います。ジャックも日本では、そうした空気感に包まれることを好んでいたようで、京都はもちろんどこでも好きでした。なんでもないカフェの窓際席で、道行く人を見ながらずっとデザインを考えていたこともあります」
[2/3ページ]