原発処理水問題でも浮上する“調整”という名の罠 「誰もが納得する結論」はなぜ失敗するのか

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 東日本大震災で被害を受けた東京電力福島第一原発の処理水の海洋放水をめぐっては、反対派と賛成派の調整が長きにわたって続いてきた。7月11日、福島県漁業協同組合連合を西村康稔経済産業大臣が訪れ、海洋放出計画についてIAEA(国際原子力機関)による包括報告書の内容を説明し、理解を求めた。

とにかく日本叩き

 だが、漁協の野崎哲会長は「我々は基本的に処理水の海洋放出に反対の立ち位置だ」と述べ、西村氏は「信頼が深まるよう丁寧に説明したい」と、今後も説明や意見交換を繰り返す意思を表明した。

 IAEAも政府も「もうこれ以上、処理水をタンクに溜めるのは難しいから海洋放出させてくれ! 福島以外の各国も海洋放水はしているでしょう!」と考えているのだろう。だが、地元の漁協からすれば風評被害を恐れる状況にある。あとは中国と韓国を中心に「福島の汚染された水を海に流すのは許せない!」という、とにかく「日本叩き」をしたい声がある。中国にいたっては、日本の海産物の全面検査の方針を明かし、海洋放水について圧力をかけてきた。外交問題にもなるため、処理水を流すことへの反発は凄まじい。だが、7月4日の産経新聞電子版にはトリチウムの排出量に関して以下の記述がある。

<経済産業省によると、中国では秦山第3原発が約143兆ベクレルと福島第1が予定する6.5倍、陽江原発は5倍、紅沿河原発は4倍。韓国でも月城原発が3.2倍、古里原発が2.2倍に上る。欧米では、数字がさらに跳ね上がる。フランスのラ・アーグ再処理施設は454.5倍。カナダのブルースA、B原発は54倍、英国のヘイシャム2原発は14.7倍とけた違いだ>

 原子力に関する専門機関であるIAEAも日本政府の判断を支持しているものの、日本政府は「反対者をなだめる・説得する・理解してもらうべく根気よく向き合う」方向の調整をし続ける。

ガイガーカウンターを手にしたリポーターが

 2021年に発売された『東電福島原発事故 自己調査報告 深層証言&福島復興提言:2011+10』(細野豪志著、開沼博編、林智裕・取材/構成徳間書店)という本は、事故当時の総理大臣補佐官だった細野氏と、福島出身の社会学者・開沼氏、さらにジャーナリスト・林氏が作った本だ。彼らは「海洋放出しか結論はない」と考えている。同書の結論は「科学が風評に負けるわけにはいかない。処理水の海洋放出を実行すべき」にある。

 現場の最前線にいた細野氏と、故郷の発展を願う開沼氏と林氏の意見が一致した形である。細野氏は同書でこうも述べている。

<「被曝とは無関係に、もともと甲状腺がんは高い比率で潜在していた」ことを疑わせる結果が出てきたわけですね。福島から遠く離れた青森県、長崎県、山梨県の3県でも、4000人の健康な子供たちを対象とした比較調査が実施されましたが、3県と福島との間にも統計上の有意差は見られなかった>

「福島の近くにいると危ない!」という言説は当時散々喧伝され、連日テレビのワイドショーはガイガーカウンターを手にしたリポーターが「アーッ! 〇〇シーベルト/hです! 大変です!」と放射線物質の危険性を煽った。

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