【棋聖戦】藤井七冠が防衛 あきらめが早い棋士ではない佐々木七段があっさり投了したのはなぜか
藤井の「考えられない手」
カド番の佐々木が先手だった。角道を開かずに飛車先の歩を進める得意の「相掛かり」で挑む。藤井もこれを同様に受け、攻め合いになる。
中盤、佐々木が39手目に「9七」と端筋へ桂馬を跳ね、続いて「1五歩」と端歩を相手の歩にぶつけて取らせた後に「1三」に歩を打ち、1筋と9筋という盤面の両端での攻防が続いた。
そしてこの日、ABEMAで解説していた森内俊之九段(52)が「考えられない手、本当に驚きましたよ」と腰を抜かしたのが、藤井の74手目だった。直前に飛車を取られていたため、藤井の「2四」の香車が佐々木の「2六」の飛車を取り返すのが常識的な手だ。ところが藤井は、飛車を取らずに「8七歩成」としたのである。
将棋では「いつでも取れる駒は慌てて取らない」という暗黙の了解があるが、佐々木の飛車はどこにも逃げられず、いつでも取れるという状況ではなかった。“と金”が佐々木玉に近づくとはいえ、大きな駒を取ることができたたわけでもない上に佐々木は飛車を逃がすこともできる。
ABEMA中継によれば、佐々木は思わず「えっ」という声を出したとか。その後、藤井は“と金”でじわじわ佐々木を攻める。82手目には「6八と」で王手。一時は佐々木のほうが6割以上優勢と示していたABEMAのAI(人工知能)評価値も、藤井の勝率を9割以上と示した。
結局、佐々木は飛車を打ち込む余裕もなくなっていく。84手目に藤井が「9五」に角を打ち込んで遠方から王手をかけると、佐々木はあっさりと投了した。まだ明るい午後6時39分だった。
4時間の持ち時間は、藤井が残り10分、佐々木が残り1分、まだ秒読みには入っていなかった。
佐々木は投了の決断が早いのか
藤井の持ち駒は、金1枚、桂馬2枚、香車1枚、歩7枚だったが、盤面で佐々木玉を脅かしているのは王手の角だけ。これに対し、佐々木も桂馬や香車で藤井玉に迫っていた上、持ち駒は飛車、角、金、歩が各1枚。金以外は守りには使いにくい駒だったが、素人目には、もう少し粘ってほしい気がしたのだが……。並行して行われている藤井との王位戦でも、佐々木は投了の決断が比較的早い印象ではある。
編入試験に合格して介護士からプロ棋士になった異色の経歴を持つ今泉健司五段(50)は、これまでの佐々木との対局の印象を次のように話す。
「佐々木七段は決して淡泊だとかあきらめが早い棋士ではありません。とても粘り強いですよ。ファンの人は『投了が早いなあ』と思われるかもしれませんが、やはり本人は絶対に勝ち目がないと判断したからです。ましてや、カド番だった今回の棋聖戦なんて諦めたらもうないわけですから、簡単に諦めるはずもない」
さらに「それでも投了は、相手が藤井聡太さんであるということも大きいはずです。僕のレベルで、『自分が藤井さんとやって同じ局面になったら投了するか?』と言われるとそれはわかりません。あの高いレベルで数多く戦ってきた者同士にしかわからない心理だと思います」と話してくれた。
[2/3ページ]