経産省トイレ判決 オウム事件の滝本太郎弁護士は「本音を隠しているかもしれない職員を無視」「日本は一周遅れの議論を必死で追いかけている」

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残念な訴訟

 滝本弁護士が特に違和感を覚えたのは、判決で経産省の中に《明確に異を唱える同僚もいなかった》と指摘したことだ。

「もし異を唱えてしまうと、周囲から『性的マイノリティの人々に偏見を持ち、差別を公言している』と誤解されるかもしれません。今でも本音を隠している職員が存在する可能性は充分考えられるのに、判決はその点を無視しています。現在の職員全員に『どこのトイレを使ってもいいです』というコンセンサスが成立していると仮定しても、来年や再来年の新人職員が動揺するかもしれません」

 今回の判決では、行政官出身の長嶺安政裁判官が「経済産業省の対応は、急な状況の変化に伴う混乱を避けるためとみられ、当時は一定の合理性があったと考えられる」と補足意見で指摘している。

「様々な人が同じフロアで働くというオフィスの問題をどう解決するのか、本来は、『誰でもトイレ』を作るのが適切だったでしょう。とはいえ現実的な観点から見直すと、経産省の『使えるトイレを確保する』という判断自体は合理的でした。これに職員は『近くの女子トイレを使いたい』とまで求めて訴訟に踏み切ったわけです。『裁判を受ける権利』は日本国憲法が定めた基本的人権の一つであることは百も承知ですが、私には元から残念な訴訟だったと思えて仕方ありません」(同・滝本弁護士)

「性自認至上主義」の弊害

 最高裁は「性自認」を重視した判決を下したと言えるだろう。生まれながらの性別とは関係なく、「私は男だ」と考えれば男性であり、「私は女だ」と考えれば女性だという考え方だ。

「その人の生活実態が本当に女性なのかどうか、他人に分かるはずもありません。性犯罪においては圧倒的に男性が加害者であり、ほとんどの被害者は女性です。だからこそ女性スペースは『一律に入れない場所』として成立し、避難場所として機能してきました。今回の最高裁判決で多くの女性が不安を感じたのは、性同一性障害のある特定人ですが『女子トイレで女性として遇しなさい』と判断を下したからです。しかし、女装の男性でも、女性的な男性でも、性同一性障害者の男性であっても、男性側が受け入れればいいではないですか。それこそ性の多様性です」

 人類が成立する前から存在する、生物としての男・女という性別と、時代と地域で異なる「らしさ・社会的役割」であるジェンダーの混同が見られるという。

「排泄行為は認識の問題ではなく、純粋な身体行為です。今回のトイレ問題は生まれつき男性である人間にとっての問題であり、女性の問題ではないのです。『女性トイレの利用を認める』という判決は、『男性トイレに入るな』という意味にもなります。『女のような男は男性トイレに入るな』という悪質な揶揄と同じであり、性同一性障害に悩む男性の排除、差別につながりかねません。実は対策を先行させた国の中には『性自認だけで法律上の性別も変更できる』という法制度にしたところもあり、混乱を重ねているのですが、意外に日本では知られていません。いずれにしても『性自認至上主義』の生み出した弊害です」(同・滝本弁護士)

イギリスの現状

 かつて日本では、男女の別がない「共用トイレ」が多かった。明治以降、女性を性犯罪などの被害から守る必要が認識され、女性トイレを設置する動きが加速する。

「『生まれつきの性が女性』である人を守るため、女子トイレは現在のまま維持する。逆に男性トイレは、かつての“共用トイレ”に近づけて多様性を認める。これこそが最も安全であり、人々の不安を解消するものです。『男性という性に違和感を覚えている男性』が男性トイレしか使えないとなると、男性が小便器で用を足す姿を見せられるのは苦痛極まりないかもしれません。そのため、入口から個室に直行できるような導線を確保することは今すぐにでも必要でしょう。この論点から逃れるために男性の小用トイレだけを独立させ、その他は『オールジェンダートイレ』とする動きもあります。しかし、要するに昔懐かしい『共同便所』を復活させるだけのことですから、それこそ本末転倒です」(同・滝本弁護士)

 イギリス政府は2022年、「新しく建設する公的建造物は男女別のトイレを設けることを義務付ける」と発表した。公立学校でさえも「オールジェンダートイレ」が増え、女性徒がトイレを使えなくなったからだ。

「シスジェンダー特権」

 東洋経済ONLINEは4月26日、在英ジャーナリスト・小林恭子氏の署名原稿「イギリスが『トイレは男女別』を義務付けた理由 活発化するトランスジェンダーをめぐる議論」を配信した。一部を紹介しよう。

《BBCによると、ケミ・バデノック女性・平等担当相は、義務化について「女性が安心できることは重要」「女性のニーズは尊重されるべき」と説明。さらに政府は「ジェンダーニュートラル(性的に中立)なトイレ」が増えることについて「女性が不利益を被る」と考える人がいるほか、トイレを待つ列が長くなることも理由に挙げている》

 昨年の10月1日現在、日本で男性の数は約6000万人、女性の数は約6400万人。日本では女性のほうが“マジョリティ”ということになる。

「しかし女性用トイレの中では、女性と女児はトランス女性より弱い立場であり、“マイノリティ”と見なすべきです。LGBTについての社会的意識や施策において、『日本は世界の潮流から遅れている』との批判は少なくありません。一部の論者は『オールジェンダートイレ』の普及が日本で遅れているとします。その前提は、トイレで悩まないことなどを『シスジェンダー(生まれながらの性別と性自認が同じ人)特権』だと言うのです。改めて聞かれたときに、『女性用トイレだから、トランス女性は入ってくれるな』と言うことが、特権の行使なのでしょうか」(同・滝本弁護士)

日本は先進国

 日本に同性婚制度が存在しないのは事実だ。一方、欧米諸国は包括的差別解消法の成立など法整備が行われた。しかしながら、同性愛者やトランスジェンダーに対する暴力事件が後を絶たない。滝本弁護士は「こと、この問題については日本が先進国です」と言う。

「『ジェンダーフリー』とは、『男らしさ』や『女らしさ』にこだわらないことでしょう。G7広島サミットでは首脳の共同コミュニケに『有害なジェンダー規範を打破する』と謳われました。ならば『女らしくありたい』と願って性別を女性に変更するのはどうなのでしょうか。一体、性自認を法制度で貫くことと、生得的性別の違いで分ける外ない場面もあるとすることとのどちらが『性別』にこだわっているのか。ここ数年で明白になってきた状況を軽視し、これから日本が社会規範を変更し、制度も変更すべきだというのは、まるで一周遅れの議論を必死で追いかけているようなものです。最高裁は今回の判決で、トランスジェンダーの性自認の問題で最も意識が遅れていることを露呈してしまったと言えるでしょう」(同・滝本弁護士)

アンケート調査

 滝本弁護士は自身のTwitterアカウント上で、7月12日の24時間、アンケート調査を実施した。

 女性に「女性とのアイデンティティを持ち、いわゆる女性装をする、生得的には男性」が、不特定多数のための女子トイレを利用すること」について訊いたところ、2261人の回答中、「賛成」は3.3%、「人による」は7%、そして「反対」は89・6%に達した。

 職場のトイレについては、4418人の回答中、「賛成」は2.7%、「人による」は9.3%、そして「反対」は84.7%に達した。

「私が実施したアンケート調査なので一定のバイアスがかかっているとは思います。しかし貴重な資料であることは言うまでもありません。本来なら、政府がアンケートを行うべきです。その際は、設問で先入観を与えるような導入文は記載せず、単純なイエス、ノーで質問するべきでしょう」(同・滝本弁護士)

デイリー新潮編集部

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