「小室圭さんとの結婚」がポイントだった「佳子さま別居」に秋篠宮さまが抱える苦しい思いとは?
結婚に向けて大きく動いた2020年
一方で、佳子さまの別居の理由は、「ご一家それぞれの部屋を新宮邸に維持するとなると改修規模が大きくなって予算が増えることが見込まれたので、眞子さんと佳子さまの部屋を作ることは取りやめた」ということだった。
「さすがにこの説明をそのまま鵜呑みにする人はいないでしょうね。元々お2人の部屋を設けるつもりがなかったということであれば多少は納得できるかなとは思いますが。秋篠宮さまはかねて2人に対して、“君たちはこの家を出て行く人間だ”との教育をされてきたと言われていますから」(同)
加地氏言うところの“大きな変更”が決まったのは悠仁さま以外のメンバーによる家族会議においてとの説明だったが、
「新宮邸の工事がスタートしたのは先ほど触れたように2020年3月で、この年の11月に眞子さんは“小室圭さんとの結婚は必要な選択”と記した文書を発表し、同じく11月に秋篠宮さまが誕生日の会見で“結婚を認める”旨の発言をなさっています」(同)
自分の部屋を作らないというのは
「結婚について国民の理解を得る努力を求められていた秋篠宮さまにとってこの発言は不本意だったことが、後に出版されるジャーナリストによる著書(江森敬治著『秋篠宮』)からも推察されました。一方で眞子さんは“30歳になるまでに結婚”の実現をひたすら願っていたようでした」(同)
眞子さんは結婚に際する会見で、「圭さんの留学については、圭さんが将来計画していた留学を前倒しして海外に拠点を作ってほしいと、私がお願いしました」と話している。
「秋篠宮さまは結婚には機が熟していないと考えていらっしゃったわけですが、眞子さんは待ちきれないと思っていた。そのため、お2人の関係は冷え切っていたとのことです。眞子さんはできるだけ早く、日本と言うか秋篠宮家を出たいと考えていたのでしょう。新宮邸に自分の部屋を作らないというのはその決意表明だった言えるかもしれません」(同)
好ましいことではない
「佳子さまは眞子さんの結婚を応援され、自身も将来的に結婚して秋篠宮家を出ることを前提に考えられてきたので、私室を作らない方針にも同調されたというのが真相に近いように感じています」(同)
家族会議の詳細は秘中の秘ゆえに公表する必要ないだろうが、西村長官の言うように、公表が後手にまわった印象は否めないとの声が宮内庁内でも少なくないという。
情報公開のタイミングを間違うと、あらぬ疑念や風評のもとになるというのは、企業などではすでに常識だろう。宮内庁も、先手を打って情報をオープンにしていくべき時代なのかもしれない。結果として、キャリア同士の内輪もめまで露呈する事態になってしまった。
「秋篠宮さま自身、苦しい思いをされているようです。眞子さんや佳子さまが我を通された結果の別居との考えがおありのようで、そのことでご一家全体に厳しい意見や視線が向けられることについて好ましいことではないとの思いがあるのかもしれません」(同)
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