“フランス”は荒れている? 過激な瞬間が拡散されやすいSNS時代に気を付けたい“曖昧な比喩表現”(古市憲寿)

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 フランスが荒れている。パリ郊外ナンテールで、警察官が微罪の17歳少年を射殺、抗議活動が暴動に発展したのだ。フランス全土やベルギーに飛び火、各地で建物や車両への放火が相次ぎ、「内戦」のようだと伝えるメディアもあった。

 ナンテールは凱旋門から電車で10分ほどの距離。日本でいえば埼玉の川口や大宮のような場所だろうか。パリ市内でもコンコルド広場などで抗議活動が起きた。歴史的に広場の多いパリは、何か事件が起きたときに人々が集まりやすい都市構造になっている。

 SNS時代になっても、権力に対する抗議行動の基本は集結することだ。日本であった国会前デモのように数でインパクトを与えることもあるし、今回のフランスのように破壊行為で世論にアピールすることもある。どちらにせよ一人で暴れたらテロや犯罪と片付けられておしまいだが、集団となれば正当性を持ちうる。それが奇跡的に革命につながることもある。

 実はそのタイミングで僕もパリにいた。だがニュースを見るまで、暴動が起きていることに全く気が付かなかった。テレビをつければキャスターが深刻な顔で過激化する暴動を報じているのだが、街を歩けば平和そのものである。セーヌ川沿いではインスタグラマーが写真撮影に精を出し、エルメスは観光客でごった返していた。

 現地に住む友人も「よくあること」と鷹揚な態度だった。そもそもパリでは日常的にデモが多い。広場によっては毎週末のように抗議活動が起きていて、交通封鎖が実施されたり、渋滞になったりしている。

 この文章の冒頭で「フランスが荒れている」と書いた。警官による安易な射殺などあってはならないことだし、他の社会不満と合算される形で暴動が長期化する恐れもある。警察が暴動鎮圧に動員されていて、軽犯罪に巻き込まれたのに取り合ってもらえない知人もいた。だが、それはフランス中のあらゆる場所が危険であることを意味しない。

 テレビやSNSは最も過激な瞬間が拡散されやすいメディアだ。具体的な場所で起こった事件は「パリ郊外」「パリ」「フランス」と抽象化され伝えられる。

 もちろん今に始まったことではない。僕たちが歴史として学ぶ大事件が起きた日も同じだったのだろう。60年代、学生運動に参加していたのは同世代の5%程度だったといわれる。

 宇宙人からすれば、この100年間の地球は非常に荒れているように見えるだろう。2度の世界大戦では多くの人が犠牲になったし、未だに各地で戦争が起きている。

 現在のフランスも、確かに地域によっては注意が必要なのは事実だが、全土が業火に包まれているわけではない。フランス革命の時でさえそうだっただろう。それくらい日常は強い。

 どのスパンで切り取るかによって、世界はまるで見え方が変わる。特に「フランスが荒れている」などという、大きな主語で語られる曖昧な比喩表現には注意が必要である。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年7月20日号掲載

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