妻のママ友の通報で12年越しの不倫がバレた…それでも「どちらか選べなんて言われるのはなんだか寂しい と言う44歳夫の特殊事情
春那さんへの見方が変わった出来事
40歳のころ、春那さんがまた1年の予定で海外に行くことになった。珍しく、彼女は「私がいない間、部屋を管理してくれないかな」と言い出した。それまでは2年程度の予定が多かったので、期間限定で家を知人らに貸していた。だがそのときは1年限定なので借り手が見つからないのだという。
「だんだん日本にいることも増えてきて、持ち物も多くなった。知らない人に貸すには部屋に私物が多すぎると彼女は笑っていました。僕はわかった、週に1回くらい部屋の空気を入れ換えに来るよと言ったら、『ひとりになりたいときに使ってもいいけど、誰かを引っ張り込んだりしないでよね』と。当たり前だろと言いながら、僕は改めて彼女のことを本気で愛してきたんだなと感じました。彼女も僕を信頼しているからこそ、部屋の管理を頼んできたわけだし。湿っぽいことを言いそうな僕の様子を見て、彼女はあっけらかんと『頼むよ、管理人』って。でも僕はつい、口から言葉が飛び出しました。『春那、寂しくないの?』と。春那は不意を突かれて体が固まったように見えた。顔を上げた彼女の目に涙がたまっていました。『実は先日、母が亡くなったの。私、母ひとり子ひとりだったから、唯一の家族がいなくなっちゃった』と。たったひとりで母を荼毘に付したそうです。言ってくれればオレが駆けつけたのにと言うと、彼女はグスンと鼻を鳴らして『家庭持ちが何を言ってるのよ』と。彼女は彼女なりに心配りをしてくれていたとわかりました」
その一件から、彼は春那さんへの見方が変わった。彼女もまた習慣のように雅充さんに会っているわけではなく、いろいろな覚悟を決めているのだろうと。ふたりの関係が一気に深くなった気がすると彼は言った。
長年、ある程度の距離を保ちながら関係をもってきたのだが、その 距離は変わらないまま深さが変わったのだと彼は言う。
「彼女の帰国後も、ときどき会う関係は変わりなかった。実は彼女の自宅と僕のところ、あまり遠くないんですよ、これは偶然なんだけど。電車の路線は違うんだけど、直線距離だと2キロくらいしか離れていない。だから休日、『ちょっと運動してくる』とジムに行くふりをして自転車で彼女の部屋に行くこともありました」
妻から突きつけられたスマホ
2ヶ月ほど前、妻から突然、スマホを突きつけられた。春那さんのマンションから出てくる雅充さんの写真だ。自転車にまたがって去っていく動画もあった。
「なんだこれと言ったら、このマンションに住んでいるママ友から送られてきたと。そのママ友には僕も会ったことがあるけど、顔までは覚えてない。あちらは覚えていたんですね。『ときどき特定の部屋を訪ねてくるから、おかしいなと思って撮ったんだけど』と言っていたそうです。もちろん相手も特定されていました」
妻は「どうするつもり?」と言った。どうするつもりって、どういう意味かと彼は問い返した。
「彼女と別れて結婚を継続させるのか、離婚するのか、ふたつにひとつでしょと妻は言いました。他の選択肢はないらしい。わかった、彼女とは別れると言うしかなかった。申し訳ないと頭も下げましたが、どうして謝らなければいけないのかとふと思いましたね。妻とは、夫婦として関係も良好だった。オレたち、今まで仲良くやってきたよねと確認しました。『今まではね。でも今この瞬間、すでに信頼感はゼロだから』と言われた。今までのことも否定するのかと問うと、そうだと」
妻は、ここで今すぐ彼女に連絡をして別れるって言ってと迫った。だが彼は、彼女にもそれなりにプライドがある。短期間のつきあいだったけど、彼女のプライドは尊重したいと嘘をついた。結婚生活より彼女とのつきあいのほうが長いとは言えなかった。幸い、妻はいつ知り合ったのかとか、何をしている女性なのかとか詳細は聞いてこなかった。聞きたくもなかったのだろう。
「春那には妻にバレたとは言っていません。もちろん、別れるとも言ってない。バレた1ヶ月後に彼女はまた長期出張に出かけるのが決まっていたので、その間、まめに家事をやり、週末は家族に尽くす。そうすればほとぼりが冷める のではないかと……」
妻には別れたと報告した。妻は彼をじっと見て「私は一生、許さないけど、今あなたと離婚しても得策じゃないから」と冷たく言った。許さないなら離婚したほうがいいんじゃないか、きみもオレの顔を見るのはつらいだろうしと言ったら無視された。
正論ではあるが、これを言われたら妻は「何を傲慢な」と怒り心頭に発するだろう。
それ以来、妻とはほとんど会話はなかったが、彼はふだんと変わりなく「おはよう」と言い、妻が何かしてくれると「ありがとう」と伝えている。妻も挨拶だけは小声で言うようになってきた。何よりあまりにギクシャクしているとひとり息子が怪訝に思う。ふたりは親としてそれだけは避けたいと一致していた。
「妻があまり取り乱したりしなかったのが、よかったのか悪かったのか。僕自身はあまり嫉妬しないタイプなんですが、妻もそうだったのかもしれない」
雅充さんはなぜかのんびりした口調でそう言う。ことの大きさを実感していないところが不思議だし、第三者的には興味深い。心のどこかで離婚しても仕方がないと思っているのかもしれない。あるいはそもそも、結婚に大きな価値を見いだしていないのか。
「僕にとって、やはり父の死が人生最大のショックだったんですよ。見てしまったしね。あれから考えれば、人はとりあえず元気で生きていればいい。それ以外はかすり傷みたいなものだとしか思えなくて。春那のことは大好きだけど、結果から見ると無理せずここまで続いてきただけ。たとえ離婚しても、愛佳と息子が元気でいればそれでいい。『形』にはまっていれば幸せというわけでもないですからね。そもそも幸せの定義が何かもよくわからないけれど」
父の死はショックだったものの、そこで傷ついて潰されたわけではない。彼は自分の足できちんと立って人生を作ってきた。悪意があったわけではなく、家庭と恋愛は別という気持ちが具現化してしまったようなものだった。
「どちらか選ばないといけないなんて、なんだか寂しい話のような気がする。いや、それこそがおかしいだろと言われるのはわかっていますが」
困惑したような表情でそう言ってから、彼は少しだけ苦笑した。
前編【父親が自死した後、母親は新興宗教に走り…44歳男性の壮絶な生い立ちがその後の人生に与えた大きな影響とは】からのつづき
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