「年代」「性別」を超えてあらゆる人に化粧品を――小林一俊(コーセー代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
「男性用」は作らない
佐藤 大谷選手の前には、羽生選手を起用して、これも大きな話題になりました。
小林 2019年から雪肌精の広告に出ていただいています。彼は小さい頃から肌トラブルが出やすく、お母様からの勧めで雪肌精を使ってみたところ、症状が治まったそうです。化粧品としての消炎効果があってニキビなどが抑えられたんだと思います。いずれジェンダーレスの時代が来ると思い、このコロナ禍で男性がオンライン会議でご自身の顔を見る機会が増えたタイミングに打って出たのです。
佐藤 普通なら女性タレントを起用するところ、男性の使い方が非常にうまい。
小林 昔のコーセーは広告がおしゃれではなかったんです。私は中学時代から同級生に「お前の父親の会社、あか抜けないな」とか「さえないね」と言われ続けてきた。確かにその通りで、トップ女優は他社に押さえられてしまっていたので、違った分野の方々を起用するなど、自社のCMは独自路線を歩まざるを得なかった。
佐藤 そうなのですか。
小林 それを入社後すぐに何度も指摘していたら、「じゃあ、お前がやってみろ」と30歳で宣伝部長を任された。そこで最初に手掛けたのが、唐沢寿明さん出演のコマーシャルです。女性が唐沢さんに「ねェ、チューして」とせがむもので、そのせりふは流行語大賞銀賞を取り、街中でチューすることが社会現象にもなりました。この時、トップ女優が使えないなら、トップ俳優の男性を起用すればいいと思った。
佐藤 羽生選手も大谷選手も、なかなか化粧品とは結びつきません。
小林 生活者へのメッセージはやはりギャップが必要なんです。また、エリア特性もあります。中国などでは、圧倒的に羽生選手が人気です。
佐藤 そこは社会における野球の位置付けも関係しているかもしれない。資料を拝見して面白いと思ったのは、男性を起用しつつも、男性用化粧品というカテゴリーは作らず男性に売ろうとしていることです。
小林 他社では、男性用ブランドを作ったり、「フォーメン」という形で商品展開したりしていますが、たぶん、弊社が出しても失敗の連続になるでしょう。たしかに男性と女性の肌は違い、皮脂分泌量などは男性の方が多い。けれども、それ以上に個人差の方が大きいと当社は考えています。ですから、多様なニーズがあるこの時代にあえて分ける必要はないんです。また、当社は過去に男性用を出したことがあるのですが、父がよく言っていたのは、「男性用化粧品は、女性用化粧品の邪魔をする」ということでした。かつての男性用化粧品は、その香りに床屋さんやサウナから出てきた男性のイメージが重なり、その印象を連想させてしまうところがありました。
佐藤 外務省でも匂いをプンプンさせている人がいましたね(笑)。
小林 だから他社が出してもウチは出さないと負け惜しみみたいなことを言っていたのですが、私はそれを逆手に取って、これからはジェンダーレスの時代が来るのだから、多種多様な価値観に応える提案、発信をしていこうと考えたのです。
佐藤 LGBT法が国会で可決される時代ですからね。
小林 それで羽生選手で「雪肌精に男性用はありません」という広告を作ったら、大きな反響があった。
佐藤 その時には、男性客はどのくらい増えたのですか。
小林 その広告後、男性の購入者が2割程度増加しましたね。
佐藤 同志社大学の私のゼミでも使っている男性がいましたが、Z世代はほとんど抵抗がないですね。香りもさほど強いわけではないですし。
小林 そうですね。微香性で、邪魔にならない。
佐藤 男性でも、肌に気を付け清潔な暮らしをしたい若い人たちは使うようになっている。
小林 羽生選手のように親子や家族、パートナーと一緒に使っていただいている方も多いですよ。ですから、ジェンダーレスと同時に、ジェネレーションレスも提案しているんです。
佐藤 世代を超えて使われるようになると見込んでいる。
小林 化粧品業界はどこも少量多品種で、トレンドに合わせ新製品を発売する機会が多いんですね。よくアナリストや投資家から、コーセーはどうしてZ世代向けの商品を出さないんだと言われますが、メーカーが上から目線であなたたち向けですよ、と言っても、あまり受け入れられない。自分たちで好きなものを選んで買う世代だと思います。私としては、世代を超えて愛されるロングセラーを作ることも大切だと考えています。
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