「年代」「性別」を超えてあらゆる人に化粧品を――小林一俊(コーセー代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
スケートの羽生結弦選手に続き、今年、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手を広告に起用して大きな反響を呼んでいるコーセー。ジェンダーレス時代を象徴するこの化粧品広告で、女性客はもちろん、男性客も大きく増えているという。化粧品の可能性を追求する創業家4代目社長の挑戦。
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佐藤 ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手を起用したコマーシャルが大評判になっています。
小林 「コスメデコルテ」ブランドのリポソーム美容液や「雪肌精(せっきせい)」ブランドの日焼け止めの広告に出ていただきましたが、たいへん大きな反響を呼んでいます。このリポソームという美容液は、保湿に加え、エイジングケアまでも可能な商品です。
佐藤 売り上げも大きく伸びましたか。
小林 ええ、コスメデコルテは3月16日からキャンペーンを開始し、約3週間で売り上げが2.5倍になりました。また百貨店では、通常時の10倍の男性のお客さまがお買い上げくださった。
佐藤 ちょうど日本中が熱狂したWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のさなかに始まったのですね。
小林 百貨店の垂れ幕や空港の搭乗口の広告に大谷選手が登場しただけでなく、WBCで日本が勝ち進むにつれ、大谷翔平効果ということでテレビのニュースやワイドショーで広告が何度も取り上げられました。ある有名な百貨店さんでは、このコスメデコルテだけのポップアップショップを作ってもらったのですが、海外ブランドも含め、過去最高の売り上げを記録したと聞いています。
佐藤 いつから大谷選手と交渉されていたのですか。
小林 2020年ごろから検討やアプローチを始めて、グローバル広告契約を結んだのは昨年の暮れですね。それで今年の1月1日には、大谷選手と、以前から雪肌精の広告に出ていただいているフィギュアスケーターの羽生結弦選手の全面広告を新聞に出しました。今年はコロナ禍も収束することを見込んで、コーセーの攻めの姿勢を表現したかったのです。何年も前からジェンダーレスの時代が来ると練ってきたことですので、私の友人たちが言うような「WBCに乗っかって」とか「大谷選手の人気にあやかって」といった見方は当たらない(笑)。
佐藤 日本の優勝も大谷選手の活躍も、わからなかったわけですからね。
小林 しかも騒がれ始めたのは、WBCの始まる前の2月16日からです。彼が、自身のロッカー上部の棚にコスメデコルテの商品を置いている写真をインスタグラムに投稿したのです。それが「え、コスメデコルテ使ってるの?」とファンの間で話題になった。
佐藤 下地があったわけですね。
小林 これも「小林がやらせたんだろう」とか「頼んだの?」と言われましたが、まったくの事実無根で、本人が本当に好きで使ってくれていたんですよ。
佐藤 大谷選手の起用は、小林社長のアイデアだと聞きました。
小林 同じタイミングで、韓国の人気グループの案もあったんです。もう会社中の役員、部長クラス、女性陣が「社長、そっちにしてください」と大騒ぎでした。彼らはグローバルに活躍していましたから、「これからの欧米展開も間違いなし」という声もあった。ただ、私としては、彼らの起用は、どこか当たり前の感じがしたんですね。また人数も多く、焦点がボケる、とも思った。
佐藤 韓国のタレントを使う場合には、政治的リスクもあります。再び関係が悪化すると、日本のマーケットから反発を受ける恐れもある。
小林 そうですね。それに比べると、大谷選手は意外性があると思った。そうしたら、検討中に大谷選手がホームランを量産し、勝ち星も増やして、大リーグのMVP争いに名前が挙がってきました。それで社内でもだんだん「大谷選手もアリじゃないか」という雰囲気に変わってきた。ただ、問題だったのは、エンゼルスのユニフォームが赤を基調としていることです。
佐藤 なるほど、会社にはそれぞれイメージカラーがある。
小林 ロゴを見ていただければわかるように、弊社のカラーはブルーです。でも考えてみたら、私どもは化粧品会社ですから、赤いヘルメットも必要ないし、ユニフォームを着ていなくてもいい。Tシャツやタートルネックで出てくれても問題ない。
佐藤 確かにそうしたコマーシャルになっている。大谷選手には「大谷選手の肌を守りたい」と、オファーされたそうですね。
小林 ええ。大谷選手はもともと肌がきめ細かく、とてもきれいです。でもエンゼルスのホームグラウンドはロサンゼルス近郊のアナハイムで、日差しが強く、紫外線がものすごく降り注いでいるんですね。
佐藤 でも日焼けしている印象はまるでありません。
小林 以前から日焼け対策をしていたのだと思います。紫外線が肌によくないのは、前々から私どもが提唱していることです。ですから、ただ人気があるから広告に出てほしいわけではなく、まずは大谷選手の肌を守りたい、そして炎天下で野球をやっている子供たちや高校球児の肌を守るために、練習前に日焼け止めを塗る習慣を根付かせたいということをお伝えしたんです。そうしたら、この提案に強く賛同してくれた。
佐藤 食べ物を含め自身の体調管理を徹底している大谷選手の琴線に触れたのでしょうね。
小林 はい。それで広告が出来上がり、大きな効果が生み出せました。社長としての面目は保たれた(笑)。
佐藤 コーセーには、こうした重大なことを決定する時、「三大決裁」というルールがあるそうですね。
小林 はい。新たに発売する商品の香り、デザイン、宣伝の三つは代表権を持った者が決裁することになっています。それは創業以来の伝統です。
佐藤 創業者は小林社長のおじい様でしたね。
小林 ええ、祖父・孝三郎は14歳から丁稚奉公に出て36年間化粧品会社で働き、昭和21年に50歳で創業しました。肌と心を豊かにする化粧品だからこそ、感性に関わるその三つが重要だと考えたのです。
佐藤 トップの乾坤一擲の判断が数字につながると、会社全体の士気が上がるのではないですか。
小林 それならうれしいですね。WBCでは優勝しましたからね。男子のサッカーやラグビーのワールドカップではまだ優勝経験はありませんが、野球は過去にもありますし、今回は初めから優勝候補でした。日本が自信を失っているところに、世界一になったことは大きいし、その中での大谷選手の活躍は希望を与えてくれるものでもあった。それらが私どもの売り上げにつながったわけで、非常にラッキーだったと思います。
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