バウアーはまだ甘い…味方の拙守やセコいバントにぶち切れた「投手列伝」

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放送禁止用語を連発

 セーフティバントにぶち切れ、乱闘まで誘発したのが、オリックスの右腕・フレーザーである。1998年7月5日の近鉄戦、4回途中からリリーフしたフレーザーは、7回に吉岡雄二に左越えソロを被弾し、3対12。なおも1死一塁で、大村直之に三塁前へのセーフティバントを決められると、「あんな(大量リードの)場面でバントするとは、米国では考えられん!」とぶち切れ、近鉄ベンチに向かって放送禁止用語を連発した。

 怒りで冷静さを失ったフレーザーは、武藤孝司にも右前安打、ローズに四球と投球が乱れ、さらに2死後、中村紀洋に2球続けて暴投したあと、3球目を背中に当ててしまう。35度を超える猛暑のなか、敗戦処理に起用されたイライラも拍車をかけていたようだ。

 怒った中村がマウンドに詰め寄ろうとしたのを合図に両軍ナインの乱闘が勃発。興奮状態のフレーザーは、背後から抱きとめようとした仰木彬監督を振り飛ばすなど、荒れに荒れた。

 そして、ようやく騒ぎが収まり、試合が再開された直後、ベンチからフレーザーの姿が忽然と消える。「殴り込みに行ったのでは?」と思い込んだオリックスナインは、制止しようと、ドタドタ慌ただしく本塁ベース後方を駆け抜け、三塁側の近鉄ベンチへと突進した。だが、フレーザーがトイレに行っていただけとわかり、「なーんだ」と拍子抜け……。

 当時の日本球界では、ワンサイドゲームでのバントや盗塁は相手への敬意を欠く行為という“不文律”がまだ浸透していなかったため、なぜフレーザーがぶち切れたのか、理解に苦しむ人も少なくなかった。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

デイリー新潮編集部

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