「山口5人殺害事件」で特別抗告 『つけびの村』著者が語る「保見死刑囚はかわいそう」への違和感

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「いじめの被害」は妄想か、現実か

 さらに、“保見死刑囚の作ったカレーに誰かが毒薬を入れた”との噂も未だに囁かれるが、公判を傍聴していた者は、次のように語る。

「保見はカレーを1ヵ月分まとめて七輪で作るんです。普通に考えると1ヶ月分作ったら、最後の方は腐ってしまいますよね。冷蔵庫に入れるでもなく勝手口に置いていた。そのカレー鍋に農薬を入れられて、食べたら死にそうになったと保見は言っているんですけど、それは農薬のせいじゃなくて腐ってたんじゃないか? 状況を詳しく知ると、そう思ってしまう」

 公判で保見死刑囚はほかにも、住民から受けた被害として「街宣車が来ると、家の前で心を入れ替えなさいと言われる」「心を入れ替えなさい、と同じ箇所をテープで流される」といったことも挙げていたが、街宣車が集落に来たという話も、聞いたことがない。

 妄想に悩まされた保見死刑囚が語る「いじめの被害」は、妄想なのか現実なのか――。その点は、注意深く検討する必要がある。本人の証言すべてを“妄想”と断じることはできない。だが、彼が恨みを抱いていた周囲の人々の証言を無視することも、また、できないはずだ。少なくとも、筆者が何度となく現地を訪れて取材を重ねた限り、保見死刑囚があからさまにいじめられていたという事実は確認できていない。

 自宅に貼られていた川柳は“不気味な犯行予告”と報じられていたこともあるが、これは事件よりも前に、別の住民の家で起きたボヤ騒ぎを受けて貼られたものだ。これを事件と直接的に結びつけて“犯行予告”と考えることは難しいだろう。

被害者に対する二次加害

「保見死刑囚は、被害者をはじめ周囲の村人からいじめられていた」、「事件はその復讐だった」――。こうした言説を論じるには、それ相応の根拠が必要だ。それがないままに、流布しているとしたら、それは、突然の凶行によって命を奪われた被害者たちに対する二次加害に加担していることになる。

 これまで書いてきた記事をYouTubeに無断で使われることがたびたびあった。横に倒された墓石の写真も、いつか誰かが、“いじめ”の証拠と偽り、YouTubeに勝手にアップするかもしれない。だからこそ、何度でも言いたい。これは「墓じまい」なのだ、と。拙著『つけびの村』の副題は<噂が5人を殺したのか?>だった。この事件の取材を通じて“噂”の持つ影響力を痛感した筆者は、それゆえに、多くの人々がネット上の根も葉もない噂を盲信することがないよう切に願っている。インターネットもひとつの“村”かもしれないのだから。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部

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