都会人の憧れ「田舎暮らし」の知られざる“大敵”地方出身のライターが移住希望者に必ず「質問」することとは

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虫に動じない勇気が必要だ

 繰り返すようだが、田舎暮らしに必須な条件は人間付き合いのうまさよりも、虫付き合いのうまさである。

 筆者の知り合いで、秋田県羽後町にある江戸時代に建てられた重要文化財「鈴木家住宅」の当主、鈴木杢之助重廣さんという人がいる。重要文化財に指定された家を所有する人でも、住まいは新築し、保存区域と分けている人は少なくない。鈴木さんは重要文化財の家で生活する全国でも数少ない一人だ。

 鈴木家はとにかく虫がよく出る。茅葺き民家ゆえ、天井がなく開放的で、ガラス戸ではないためだ。しかも山間部にあるから当たり前だろう。しかし、鈴木さんはカメムシを意にも介さない。無頓着に潰しながら歩くこともあるが、まったく動じない。筆者が指摘すると、「山内君、虫なんか怖がっていたらこの家では暮らせないんだよ」と笑顔で返された。

 豪雪地帯のため、鈴木家では冬に氷点下になることが普通だ。しかし、夏はクーラーが不要なほど涼しく、快適である。四季を感じることができる素晴らしい家だ。鈴木さんは極端な例かもしれないが、田舎暮らしは自然との共存を楽しむ覚悟が必要である。ちなみに、鈴木さんの先祖は平安時代末期に弁慶に仕えた鈴木三郎重家といわれる。田舎暮らしには、弁慶のように虫が出没しても動じない、強い心と根性が求められるのだ。

虫が多いメリットもある

 虫のデメリットばかりを列挙してきたが、メリットも多い。そもそも虫が平気という人、昆虫採集が大好きという人にとってはパラダイスであることは言うまでもない。そういう人には全力で田舎暮らしをすすめている。

 また、虫がたくさんいる環境は子どもの情操教育には良いと思われる。何しろ、首都圏では図鑑でしか見ることができない虫が、日常的に見ることができるのだ。筆者の実家には夏になるとカブトムシやクワガタが飛んでくるし、時には庭でセミの羽化を見ることもできる。自宅周辺で昆虫採集ができるため、人によっては夢のような環境だろう。また、移住を機に虫嫌いを克服したいチャレンジャーな人にも最適だ。

 田舎暮らしには、いわゆる農業体験や民泊体験などでは絶対に味わうことができないトラブルがつきものだ。それゆえの苦労がある一方で、非日常的な楽しさが味わえるのは確かだ。ただし、たまに緑を見て癒されたい、ロハスな気持ちを味わいたいとお考えであれば、移住ではなく都心近郊でグランピングやキャンプに出かけることをおすすめしたい。

 結論として、田舎暮らしも都会暮らしも、結局は向き不向きがあるということに尽きる。筆者がいくつもの事例を見てきた中で言えるのは、前向き、ポジティブ思考の人は田舎に馴染めるし、生活を苦に感じることも少ないようだ。移住は大仕事である。自身のライフスタイルと向き合い、慎重を期したうえで進めていただきたい。

山内貴範(やまうち・たかのり)
1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。

デイリー新潮編集部

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