【佐藤蛾次郎の生き方】亡くなった後、友人たちが出した秀逸な談話と手作りカレーの関係

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「蛾次郎、いつもご苦労だね」

 さて、先述した「蛾次郎カレー」だが、普通のカレーよりも野菜がふんだんに入っている。セロリ、ニンジン、タマネギを全部フードプロセッサーで細かく刻む。そこにニンニクと生姜、朝鮮人参、クコの実を入れて、鶏ガラで出汁をとってグツグツ煮込む。仕上げにカレールーを入れてじっくり煮込めば「蛾次郎カレー」のできあがりだ。

 撮影所では表に椅子とテーブルを並べ、ご飯も食堂から持ってきてもらう。倍賞千恵子さん(82)がご飯を盛る係。蛾次郎がカレールーを入れる係。寅さんの甥の満男を演じた吉岡秀隆さん(52)は「撮影の時に必ず差し入れしてくださる蛾次郎さんのつくったカレーの味と、『満男、うまいか?』と少年のような笑顔で聞いてくださったことが昨日のことのように思い出されます。スタジオの片隅にいる僕をいつも気にかけてくださったこと、忘れません。ありがとうございました」と今回の訃報にあたりコメントを出している。

 蛾次郎にとってうれしかったのは寅さんを演じた渥美清もカレーに満足してくれたことだった。「蛾次郎、いつもご苦労だね」と言ってくれた。ご飯は小盛りだったが、亡くなる前年の95年に撮影した「寅次郎紅の花」(第48作)の時は珍しく大盛りを食べてくれたという。

「蛾次郎、ありがとう。おいしかったよ。いつもご苦労だね」

 と声を掛けてくれた。それが、蛾次郎が最後に聞いた渥美の生の声だった。

「ありがとう、おいしかったよ」という言葉。普通の言葉だが、何とも味わい深く、思いやりにあふれた言葉ではないか。

 次回は、今だからこそ書き残しておきたい蛾次郎をめぐる秘話。彼の目から見た俳優・渥美清に迫り、前回、本欄で書いた渥美の「メメント・モリ(死を思え)」とは違った側面に迫ってみる。

小泉信一(こいずみ・しんいち)
朝日新聞編集委員。1961年、神奈川県川崎市生まれ。新聞記者歴35年。一度も管理職に就かず現場を貫いた全国紙唯一の「大衆文化担当」記者。東京社会部の遊軍記者として活躍後は、編集委員として数々の連載やコラムを担当。『寅さんの伝言』(講談社)、『裏昭和史探検』(朝日新聞出版)、『絶滅危惧種記者 群馬を書く』(コトノハ)など著書も多い。

デイリー新潮編集部

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