「沈没船」が眠る海底が“仕事現場” 水中考古学者がUFOのように海の中で動き回る驚きの理由

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 水中に沈んださまざまな遺跡を研究し、人類の歴史をひもとく――それが水中考古学だ。その現場の発見と驚きを描いた『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』の著者・山舩晃太郎氏は、世界各地の海で発掘調査に参加している。今回の舞台は、ギリシャの離島フルニ島。実際の水中での作業の様子をご覧あれ。

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水中作業は「下見」がポイント

 私が世界各地で潜るのはフォトグラメトリ(※フォトグラメトリとは、画像データを光学スキャンデータとして応用し、デジタル3Dモデルを構築する技術のこと)を行うためだ。

 デジタル3Dモデルを実際に作成するのはパソコンのソフトウェア上になるので、私が水中で行わないといけないのは、その材料となるデジタル写真の撮影だ。

 私は最初の水中作業で写真撮影はしない。まずはカメラを持たず1回現場に潜り、実測図に入れるべき範囲を最初の潜水時に決める。

 例えば、海底に散らばる露出した遺物(積み荷)だけでなく、その散らばり方や、周りの地形、そして今後、発掘作業が進んでいって、発見されるであろう船体の埋まっている範囲を自分の目で確認し、予想する。

 そして、自分がどのように遺跡を移動しながら写真撮影を行えば、歪みと穴(欠落箇所)のない、必要な情報を反映した3Dモデルになるかを想像し、泳ぐ道順(フライトパス)を決める。

 2回目のダイビングから、いよいよ写真撮影を行う。だけど、この時もすぐには写真撮影は始めない。

 まずは大きな定規(スケールバー)を沈没船遺跡の周りに設置する。私の場合、設置した位置が、後にデジタル3Dモデルから実測図を作成した時の枠組みになるよう、遺跡の外縁部に置くことが多い。これらのスケールバーをデジタル3Dモデルの一部として作成することにより、後にデジタル3Dモデルに寸法(大きさ)が反映されるのだ。

 スケールバーを遺跡に設置し終えたら、その端の水深をダイビングコンピューターで測り、記録しておく。この水深を使い、後に作成したデジタル3Dモデルに正しい傾きを与えることができる。「正確な寸法」と「正しい傾き」の2つを与えることによって、局地的な座標を遺跡のデジタル3Dモデルに与えることが可能になるのだ。

UFOのように動いて撮りまくる

 私が水中で使っているのは、いわゆる普通のデジタルカメラである。これを「水中ハウジング」という防水ケースに入れて使う。カメラは高画質であればあるほど良い。

 ちなみに使うレンズは広角なものを選ぶ。これがポイントの1つ目だ。水中遺跡の場合、透明度の問題が出てくるのだが、広角レンズを使用すれば、遺跡に近づいても、広い範囲をとどめたまま写真撮影ができるからだ。

 撮影の対象物とカメラの間にある水の量が少なければ、よりクリアな写真が撮れるので、できるだけ近くから撮りたい。ただし歪みの大きい魚眼レンズは避ける。

 もう1つ重要なのが「光源」だ。当然水中は陸上よりも暗い。また太陽光は水に赤色を吸収されて、水面から海底に届くまでに青色になっている。

 そのため、強力なフラッシュライトを「水中ハウジング」に搭載している。ハウジングの左右から出ている持ち手の先に電気スタンドのように伸ばしたり折り曲げたりできるアームを付け、そこにライトをセットするのだ。私は、2019年までは強力なフラッシュライトを2つ、2019年以降は更にビデオライトを2つ追加し、計4つの水中ライトで対象物を照らしながら撮影している。

 カメラのセッティングはマニュアルで、絞り値とシャッタースピードを高く設定する。これによってボカシや手振れの少ない鮮明な写真が撮れる。

 ただ、絞り値とシャッタースピードの両方の値を高くセッティングすると、写真が暗くなる。そのためにも私はかなり光量の多い水中ライトを4つ併用しているのだが、水中ライトがカメラに近すぎると、水に漂っている不純物からの照り返しを受けてしまうので、なるべく長いアームを使い、ライトの位置をなるべくカメラから離している。それを左右対称に設置することにより、片方の水中ライトによってつくられる影を相殺しているのだ。ここまでセットしたカメラを手に持った姿は、さながら大きなカニを持っているように見えるだろう。

 また、水中では全てが青くなってしまうので、撮影時に使うフラッシュライトを焚いた状態にしてからカメラのホワイトバランス設定を調節する。これらが全て終わって、いよいよフォトグラメトリのための写真撮影を始められる。

 3Dモデルを作成するには、相当な撮影数が必要だ。なぜかというと、フォトグラメトリソフトウェアは、写真を撮影したカメラの位置の違いを自動認識する。それを何百・何千回と繰り返すことにより、対象物の形を認識する。例えば、遺跡の周りに眼が何百・何千とあれば対象の形をしっかり認識できるだろう。フォトグラメトリでは「眼」の代わりに「デジタル写真」を使っているわけだ。

 撮影時、私は次に撮る写真と、その前に撮った写真が80%以上オーバーラッピングするように撮影し続ける。つまり対象の箇所が5回連続写真に写り込む(撮影範囲が20%ずつ進む)頻度で撮影する。そうすれば、ソフトウェアが正確に連続する撮影箇所を認識できるし、前後の写真に、撮影できていない欠落が生じないからだ。

 写真撮影をする時は、離れすぎると透明度の関係で対象が鮮明に写らなくなるので、大体1m~1.5mぐらいの距離で撮影する。特に重要な箇所は30~50cmぐらいまで対象物に近づく。

 30分の作業時間で2000枚近くの撮影をすることもある。1秒に1回かそれ以上の頻度で撮影をしている計算だ。1回のダイビングで写真撮影の作業が終わらないことが多いので、その場合は何回でも潜り、写真を撮りまくる。

 よく「自動撮影モード(タイムラプス)」を使わないのかと質問を受けるが、使わない。写真撮影の1回1回にオートフォーカスで焦点を合わせるためである。つまりシャッターボタンを半押しにして、常に対象物に焦点の合ったクリアな写真を撮れるようにしているのだ。

 ちなみに遺跡に近づいたり離れたりすると水中フラッシュライトと対象物の距離の違いで、写真ごとに暗くなったり明るくなったりする。また浅い水深での作業は、太陽が雲に入ったり出たりで明るさが変わってしまう。こうした変化は頻繁に起こるので、私は一瞬で絞り値やシャッタースピードを調節することによって、撮影作業を中断せずに露出(明るさ)を調節できるようにしている。使用しているカメラは「自分の体の一部」というぐらいに使いこなせないといけないのだ。

 ただこれには1つ問題がある。指が攣(つ)りそうになるのだ。毎年、発掘シーズンの初めのうちは指の筋肉と連動している手の甲が筋肉痛になる。これも職業病だろうか……。

 他にも、丁寧に撮らなければならない所は泳ぐスピードを落として撮ったり、小さいくぼみや大きな沈没船の船体側面を撮影する時などは逆立ちしながら撮ったりと、水中遺跡の撮影はスピードだけでなく繊細な動きも要求される。一瞬一瞬が判断の連続だ。

 水中撮影作業が一度始まったら、私は足を全力で動かして前進しつつ、神経を指に集中して半押しを続けシャッターボタンを押すことを繰り返す。その間、オーバーラッピングを確保するための撮影頻度と、自分の位置に気を遣い、頻繁にキョロキョロ周囲を確認しながら基本的には全力で泳いでいる。

 ある同僚は、私のことを「まるでUFOが水中を移動しているみたい」と言う。端から見れば、不規則かつすばしっこく動きまわっているように見えるからだろう。

※山舩晃太郎著『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』から一部を抜粋、再構成。

デイリー新潮編集部

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