【王位戦】佐々木七段の「新構想」に勝利… 藤井七冠の渋いとしか言いようのない一手とは

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長い感想戦

 2人は終局後の感想戦に1時間もかけた。形勢が佐々木から藤井に傾いた2日目の局面を熱心に検討し合っていたようだ。飯島八段も解説中、「どうして佐々木さんが急に悪くなったのか、よくわからない」と吐露していたから、難解な将棋だったのだろう。

 佐々木は「2日目に細かいミスが出た。攻めが乏しいし、チャンスがなかったと思います」と話した。佐々木の飛車はほとんど働かないまま、最後は相手の“と金”に取られた。また、角交換の後、藤井は早い段階でその角を打って有効に働かせたが、佐々木が打った角は歩などに脅かされて逃げ、「行ったり来たり」のような状況にも陥った。

 簡単に言えば、最も破壊力のあるはずの大駒2枚が働いてくれなかったのが佐々木の敗因だろう。もちろん、働かせなかったのは藤井の力量である。

 佐々木は現在、王位戦と並行して棋聖戦でも藤井に挑戦している。先に始まった棋聖戦は1日制なので、2日制のタイトル戦は佐々木には初めての経験だった。しかも初日は自分が封じる番になり、21分かけて「6二銀」を選んだ。これは大方の予想通りで、いきなりの初体験も落ち着いてこなしていた。

梅酒を月に1回

 対局前日の7月5日には、王位戦に臨む2人の会見があり、筆者も駆け付けた。

 藤井は豊田市について「住んでいる瀬戸市からも隣で、子供の頃も将棋大会や観光なんかでよく来ていました。そんなところで対局ができるのは嬉しい」と微笑んだ。暑さ対策について問われると「対局室は冷房が効いていて問題ないのですが、ほかの所では暑いと集中力が落ちたりするので気をつけたい」とし、自身にとっての適温を訊かれると「25度くらいがいいのかな」と答えた。棋聖戦での佐々木の印象や抱負を訊かれると、「読まれているなと思うことが多かった。王位戦は初戦に落としてしまうことが多かったのでしっかり集中して臨みたい」と話した。

 7月19日に21歳になる藤井は、この1年について「やはり名人戦に出られたのが印象的だった」と話した。お酒について質問されると、「お酒は飲めるようにはなったんですけど、普段はほとんど飲んでいなくて、これまで平均すると1カ月に1回ぐらいかな」と答えた。「どんな場面で飲むか?」と畳みかけられると、「外で飲むことはほぼなくて、飲む時も家で少しという感じです。家ですと、そのまま梅酒の炭酸割りを飲むことが多いです。やっぱり甘いので飲みやすいという理由で」とはにかみながら明かした。

 一方「車の免許を取ったのでトヨタの車がたくさん見られてよかった」と話した 佐々木は、藤井の将棋について訊かれると「藤井先生といえば終盤の鋭い将棋が知られますが、中盤の大局観とかバランスの取り方がこれまでに経験したレベルにない将棋だなあと思います」と答えた。

 棋聖戦に続き、佐々木は師匠の深浦康市九段(51)から王位戦で着ていた着物を贈られたという。深浦九段はかつて王位戦を3連覇している。自らも戦った檜舞台に、同じ長崎県出身の愛弟子が登場しているのだ。

 この対局、ABEMAの解説は、深浦九段と藤井の師である杉本昌隆八段(54)。両対局者の師匠同士だった。杉本八段とのダブル解説は深浦九段にとっても印象的だったようで、「いつか将来、『あの時、こんなだったですね』なんて杉本さんと語り合う日が来るかもしれない」と感無量の様子だった。

 佐々木はよく「鬼門の後手番」と表現していたが、有馬温泉での第2局は先手になる。「持ち時間の8時間をしっかりと使い、勝負所を逃さないように切り替えていきたい」と意気込みを見せた。できれば序盤に差をつけていきたいところだろう。
(一部、敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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