「戦後」に想定されるウクライナへの「安全の保証」で、日本に割り当てられた役割とは

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 ロシアによるウクライナへの一方的な侵攻から1年と4カ月を迎え、欧米各国からの武器提供を受けたウクライナが反転攻勢を始めた。ロシアの固い防御に阻まれ、開始から数週間の進展は、ゼレンスキー大統領自身も認めるように「望んだよりは遅い」。反転攻勢は長期化が予測されている。

 その裏で「戦後」に向けた体制を模索する動きが断続的に続いている。ウクライナの最終目標がNATO加盟であることは明確だが、戦争が続いているさなかに加盟することは考えられない。そこで、当面の措置としていかに「安全の保証(security guarantee)」を提供できるかが課題になっている。7月のNATO首脳会合に向けての焦点だ。公式な同盟条約によらない関係という意味で「イスラエル・モデル」と呼ばれることもある。

 そうした議論の基礎としてしばしば言及されるのが、昨年9月に発表された「キーウ安全保障協約」という提案だ。これはいかなるものか。注目の国際政治学者・鶴岡路人さんの著書『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』から再編集して紹介しよう。

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 ウクライナによる反転攻勢の先にどのような停戦・休戦・終戦を見据えるとしても、ウクライナにとって欠かせないのは、戦闘行為が終了した後、国の安全――主権、領土の一体性、そして国民の生命・財産――を守るための仕組みである。それがない限り、いったん戦闘が止んだとしても、いつまたロシアによる侵攻が再開されてもおかしくない。実際、ロシアが停戦に言及する際には、それは「時間稼ぎ」にすぎないのではないかとの指摘が常になされてきた。

 2022年2月の侵攻を受け、同年3月末までにはかなり具体的な停戦協議がロシアとウクライナの間でおこなわれ、その一部をトルコが仲介する形になっていた。そこで議論されていたのは、ウクライナがNATO加盟を断念し、「中立化」するかわりに、「安全の保証」を実現する枠組みを検討するというものだった。しかし、NATOに加盟せずに信頼に足る安全の保証を確保するのは、現実には極めて困難だった。安全の保証の信頼性を引き上げようとすれば、それは安全保障条約、つまり同盟に行き着くのであり、中立化とは相いれなくなる。

 このジレンマを乗り越えるのも難しかったが、同時に、実際の停戦協議は、4月に首都キーウ近郊部ブチャなどでの大量殺戮が明らかになるなかで大きく減速し、安全の保証についても、それ以降はしばらくは中心的議題ではなくなった。

 それでも、ウクライナが戦争後の将来を展望するにあたって、この問題は避けて通れない。そこで注目されるのが、2022年9月13日に発表された、「ウクライナに対する国際的な安全の保証に関する作業部会」の報告書・提言である。同作業部会は2022年5月下旬に設置されていた。この報告書自体は、ウクライナ政府による公式の提案ではないが、ウクライナが何を求めているのかを理解し、将来の安全の保証を考えるうえで重要な基礎となるものだ。今後、この報告書が直接言及されなくなっても、ここで提起されていること自体は課題であり続ける。

EU・NATO加盟までの「過渡期」としての「キーウ安全保障協約」

「キーウ安全保障協約」と題された報告書・提言は、ラスムセン前NATO事務総長(元デンマーク首相)とイェルマーク・ウクライナ大統領府長官が共同執筆者になっている。作業部会自体は国際的な諮問会議のような位置づけだったものの、現職のウクライナ大統領府長官が共著者に入り、ゼレンスキー大統領に提出されるとともに、大統領府のウェブサイトに全文が掲載されている。このことから、ウクライナ政府による正式な提案ではなくても、ウクライナ政府の意向が色濃く反映された内容であることは疑い得ない。

 背景として指摘できるのは、1994年にウクライナが領内に残された旧ソ連の核兵器を撤去するにあたって、ウクライナとロシア、米国、英国との間で結ばれた「ブダペスト覚書」による安全の提供がまったく役に立たなかったとの認識である。同じ失敗を繰り返さないという強い決意が存在する。同覚書を正面から破ったのはロシアだが、ウクライナにとっては安全の提供が機能しなかったわけであり、それは米英に「裏切られた」経験だ。それゆえ、今度こそは信頼に足る保証が必要だというのである。

 具体的な部分では第一に、ウクライナが自衛する能力の構築が強調されている。それには「数十年にわたる」武器やインテリジェンス、NATOやEUの旗の下での訓練への支援が不可欠だとされた。

 その上で第二に「保証国」による「安全の保証」が求められている。これを提供するのが「中核の同盟グループ」であり、それに含まれる可能性のある国として、米国、英国、カナダ、ポーランド、イタリア、ドイツ、フランス、豪州、トルコ、北欧、バルト三国、中東欧諸国が挙げられた(文書言及順)。安全の保証は、「戦略的パートナーシップ文書」であるキーウ安全保障協約で明文化されるものの、一部諸国はそれに加えて、法的、政治的にウクライナに対するコミットメントをおこなう二国間協定を締結することが想定されている。

 その外周に、「国際的パートナーのより広いグループ」として、日本と韓国が言及されている。後者のグループに期待されているのは主に経済制裁である。

 ここで注目されるのは、安全の保証は、EUおよびNATOに加盟するまでの「過渡期」において必要だという位置づけになっている点である。そのため、そうした安全の保証は、中立などの特定の地位との交換で提供されるべきではないと明言している。長期的な目標、そしてウクライナの安全を最終的に保証するのはEUとNATOへの加盟なのである。

 それまでの間の安全の保証を実現するための「拡大保証コミットメント」には外交、経済、軍事的手段を含み、ウクライナが「侵略を食い止め、主権を回復し、敵を抑止し脅威に対して防衛するための能力を確保することを可能にする」とされた。これが適用されるのは、国際的に認められたウクライナの国境の内側すべてとされた。明記はされていないが、この場合、2014年にロシアが一方的に併合したクリミアや、占領下におかれてきた東部ドンバスも含まれるはずだ。

 実際の「武力攻撃ないし侵略行為」にあたっては、ウクライナが「拡大保証コミットメント」の要請をおこない、保証国は迅速(24時間以内)に協議し、有志連合に基づき保証を具体化するための措置を決定する(72時間以内)。同時に、ウクライナと保証国の間では、状況を監視する恒久的な仕組みを構築する。

 ただし、保証国がウクライナに部隊を送ってウクライナの防衛を支援するとは明言されていない。偶然の欠落ではないだろう。これは、今回の提案の第一の柱がウクライナの自衛力強化であることとも符合する。相互援助よりもまずは自衛が前面に出ている。その観点では、現実的な線を追求したと評価できる。

 以上が今回示されたキーウ安全保障協約の具体的な中身であり、これはほとんど、ロシアの脅威からウクライナを防衛するための安全保障条約であり、同盟だといえる。

※鶴岡路人『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書)から一部を再編集。

デイリー新潮編集部

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