南太平洋を手に入れたい習近平が日本軍から学んだもの “教本”は旧陸海軍の戦史?

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中国国民を海洋進出に駆り立てる“興奮剤”

 12年前、前出の秋元氏は厦門を旅した際、小学校の教室に掛けられている中華国恥図を見て驚いたという。

「それは小学校用として作られたもので、外枠の実線の内側全てを取り戻さねばならないという教えの意味があるのでしょう。もっとも中華国恥図は2017年に3万点を破棄処分したはずです。しかし、20年に香港国家安全維持法を施行後、香港で復刻版が登場している。北京政府の指示か、あるいは誰かの忖度かもしれません」

 中華国恥図を、単なる学校の教材と片付けてはいけない。中国国民を海洋進出に駆り立てる“興奮剤”の役割を担っているからだ。そのことは、地図の実線の上で実際に起きている。

 中国がすでに多くの原潜を保有していることは先にも述べた。これに加えて、目下3隻目の8万トン級空母を建造中だ。南シナ海、南太平洋に配置することは十分に考えられる。心配なのは原油・天然ガスが運ばれるシーレーンの保全である。

 秋元氏によると、

「インド洋を回るバルク船、タンカー、コンテナ船などの商船は、マラッカ海峡から南シナ海を経て日本へやってきます。南太平洋が中国に支配されると、この海峡からの航行がむずかしくなる。するとオーストラリア沖を迂回(うかい)し、西太平洋を北上するルートを取らざるを得ない。中近東から原油・天然ガスを運ぶことは大変なコストと時間がかかります」

日本人はどう備えるべきか

 実際、日本近海では不穏な動きが続けざまに起きている。3月下旬、中国の情報収集艦が津軽海峡から太平洋に出て堂々と南下し、九州の大隅半島沖に接近して東シナ海に出たことが明らかになる。もとより、機関砲を搭載した中国公船が尖閣諸島周辺の領海に侵入して、日本漁船を追いかけまわすのは常態化しており、台湾領の馬祖島と台湾本土を結ぶ海底ケーブルが中国船に切られる事件も起きている。前出の田中氏は、

「鹿児島の領海ギリギリを中国艦船が通過するのは海底ケーブルを探査しており、いざとなれば沖縄とを結ぶ海底ケーブルの切断も視野に入れているはずです」

 日本は日米同盟による軍事力で、かろうじて中国を押さえ込んでいるかに見えるが、実態は脆弱だ。専守防衛が国策である日本が敵国に奇襲攻撃された場合、同盟国のアメリカ軍が日本より先に反撃に出ることはない。必ずしも抑止力にはならないのだ。ならば日本人はどう備えなければならないか。

「ウクライナ戦争を目の当たりにして日本人は現実を直視するようになりました。その点で言えば昨年暮れに決定された安保三文書は大転換です。世論調査を見ても過半数の日本人が反撃能力を支持している。ある日、隣国が突然侵略してくる可能性を多くの日本人が肌で感じたはず。自衛隊も反撃の能力を保有し、必要な時は使う。国民はそれを支持していると内外に示すことが大切なのです」(飯田氏)

石原莞爾が残した言葉

 かつて日本は「北守南進」を国策とし、無謀な太平洋戦争へ突き進んだ。それをなぞるかのような中国の動きを目のあたりにして、私は石原莞爾を思い出さざるを得ない。南進政策を巡って東條英機陸相と対立し、1941年3月末、日米開戦を前に第16師団長を解任された石原は〈現役を去るに臨んで〉との小論を書き残している。そこでは4項目にわたって軍のなすべきことを示しているが、見逃せない一文がある。

〈兵器の製作は国家の全工業力の統合的運用にまつべく、一日も速やかに天才的人格を戴く軍需工業省の創設を熱望いたします〉(雑誌「共通の広場」石原莞爾特集号より)

 だが、東條内閣はガダルカナル撤退9カ月後になって軍需省を作り、鍋釜などを徴発した。戦う前に、敵の攻撃の意思をくじくことを最良の戦法とした石原。いま生きていたらどんな言葉を国民に発していただろうか。

早瀬利之(はやせとしゆき)
作家。昭和15年、長崎県生まれ。昭和38年、鹿児島大卒。著書に『タイガー・モリと呼ばれた男』『石原莞爾 満州ふたたび』『敗戦、されど生きよ』などがある。石原莞爾平和思想研究会副会長。

週刊新潮 2023年7月6日号掲載

特集「中国の“教本”は旧陸海軍『戦史叢書』!? ラバウル、ニューギニア、ガダルカナルにも進出 南太平洋を手に入れたい『習近平』が『日本軍』に学んだもの」より

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