【ポール牧の生き方】なぜ白いブレザーに黒のズボンに着替えて死を選んだのか

  • ブックマーク

現世で会えないなら、来世で

 そんな母親の遺影が、ポールさんのマンション一室に飾ってあった。着物姿で柔和な笑みを浮かべていたように覚えている。きっと優しい人だったに違いない。

 私はポールさん一家が暮らしていた北海道の原野を思い浮かべた。

 内陸部では零下20度~30度にも下がる極寒の地。立っている足の裏から冷たさが血管の中にのぼり、痛みが全身を駆け抜けるような感覚だっただろう。そんな過酷な場所で子ども時代を過ごしたからこそ、母から受けた優しさやぬくもりは忘れられなかったに違いない。

 そういえば、ポールさんと親しかったタレントのガッツ石松さんは、私の取材にこんなことを言っていた。

「彼は見た目と違い、とても繊細な心の持ち主でした。笑いとは人の心に安らぎを与えるものだと言っていたけど、それは北海道のお母さんから学んだんじゃないかな」

 ポールさんはきっと母に会いたかったにちがいない。利己心のない愛情でどんなときでも接してくれた母。だが故郷の北海道には母はすでにいなく、時間だけがむなしく過ぎ去っていた。「現世で会えないなら、来世で」とでも思ったのだろうか。

 さて次回は、昨年の暮れに急逝した俳優の佐藤蛾次郎さん(1944~2022)。おなじみ、映画「男はつらいよ」シリーズに欠かせなかった名脇役である。最愛の妻に先立たれ、孤独の日々を過ごしていたさなかでの訃報だった。

小泉信一(こいずみ・しんいち)
朝日新聞編集委員。1961年、神奈川県川崎市生まれ。新聞記者歴35年。一度も管理職に就かず現場を貫いた全国紙唯一の「大衆文化担当」記者。東京社会部の遊軍記者として活躍後は、編集委員として数々の連載やコラムを担当。『寅さんの伝言』(講談社)、『裏昭和史探検』(朝日新聞出版)、『絶滅危惧種記者 群馬を書く』(コトノハ)など著書も多い。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。