【ポール牧の生き方】なぜ白いブレザーに黒のズボンに着替えて死を選んだのか
現世で会えないなら、来世で
そんな母親の遺影が、ポールさんのマンション一室に飾ってあった。着物姿で柔和な笑みを浮かべていたように覚えている。きっと優しい人だったに違いない。
私はポールさん一家が暮らしていた北海道の原野を思い浮かべた。
内陸部では零下20度~30度にも下がる極寒の地。立っている足の裏から冷たさが血管の中にのぼり、痛みが全身を駆け抜けるような感覚だっただろう。そんな過酷な場所で子ども時代を過ごしたからこそ、母から受けた優しさやぬくもりは忘れられなかったに違いない。
そういえば、ポールさんと親しかったタレントのガッツ石松さんは、私の取材にこんなことを言っていた。
「彼は見た目と違い、とても繊細な心の持ち主でした。笑いとは人の心に安らぎを与えるものだと言っていたけど、それは北海道のお母さんから学んだんじゃないかな」
ポールさんはきっと母に会いたかったにちがいない。利己心のない愛情でどんなときでも接してくれた母。だが故郷の北海道には母はすでにいなく、時間だけがむなしく過ぎ去っていた。「現世で会えないなら、来世で」とでも思ったのだろうか。
さて次回は、昨年の暮れに急逝した俳優の佐藤蛾次郎さん(1944~2022)。おなじみ、映画「男はつらいよ」シリーズに欠かせなかった名脇役である。最愛の妻に先立たれ、孤独の日々を過ごしていたさなかでの訃報だった。