ネット上では総スカンも「菅前総理の銅像」が秋田県で大フィーバー 地元出身のライターが明かす“おらが町”のウラ事情

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ネットの批判などどこ吹く風

 これは地方特有の事情といえるが、とりわけ秋田県はネットの影響がほとんど及ばない県のひとつといえる。いわゆる“ツイデモ”の効果がもっとも薄い県ともいえるだろう。

 なぜかといえば、秋田県民の主たる情報源がテレビだからである。地元出身の筆者には「秋田県の文化はテレビが創造している」という持論があるが、現にNHKの受信料支払率はダントツ日本一で、なんと約97.6%という驚異的な数字を誇る(2023年6月27日にNHKが発表した2022年度末の推計世帯支払率)。東京都の66.6%と比べるとその差は歴然としている。そして、民放を含め、菅氏の銅像について、ネガティブな報道をしたテレビ局はほぼなかった。テレビで猛烈な批判でも起こらない限り、県民の世論に影響はないのである。

 湯沢市ではネット上の批判などどこ吹く風であり、銅像は一大観光名所になっている。筆者が取材に訪れた日は平日にも関わらず、銅像を撮影する人が列をなしていた。筆者がスマホで銅像を撮影していると、「記念に撮ってもらえませんか」とおばあさんからお願いされたほどである。

 筆者は学生時代にJR湯沢駅を通学に利用したが、こんなに人が集まっている光景を久しく見たことがなかった。駅前にはデパートの廃墟がそびえ立ち、商店街はシャッター通りになっている。これまで自治体も地元企業も賑わいを創出しようと取り組んできたが、ほとんど効果がなかった。ところが、菅氏の銅像は瞬く間に人を集める名所となった。少なくとも、菅氏が駅前の活性化に貢献したのは間違いない。

銅像建立くらいしか明るいネタがない

 菅氏の総理大臣としての功績がいかほどのものだったのか、本稿で言及は避けるが、なぜ秋田県民はここまで熱狂したのだろうか。筆者が思うに、秋田県を覆っていた閉塞感を打破する話題だったためだろう。

 隣の岩手県では、盛岡市がニューヨーク・タイムズ紙の「2023年に行くべき52カ所」に選出されたり、奥州市出身の大谷翔平がメジャーリーグで大活躍したりするなど、明るい話題に湧いている。

 対する秋田県はというと、ネガティブな話題に事欠かない。6月に厚生労働省が発表した2022年の人口動態統計によれば、自殺率で3年ぶりに全国ワーストに返り咲いたほか、婚姻率、出生率は全国最下位、死亡率、癌死亡率ももっとも高い状態である。秋田県はマイナスなランキングばかりで上位を独占している。

 こうした中で生まれた“おらが町の総理”は、県民の自己肯定感を高めるには十分すぎる存在だったのだ。また、県民はいまだに東京に対する憧れがすこぶる強く、集団就職で上京したり、一旗揚げようとしたりするも夢破れて戻ってきた人も少なからずいる。そんな人々は、中央で颯爽と活躍する菅氏に自身を重ね合わせ、励まされた例も少なくないのではないだろうか。

 この原稿を書いている最中、秋田県が過去最大の人口減少率を更新したというニュースが流れた。若者は秋田県に希望を見出しておらず、県外へ人口の流出も続く。もし、ネット論客が菅氏の銅像を叩くのであれば、何でもいいので県民が喜ぶような話題を提供するべきだ。批判をするだけの人々にそれができるだろうか。菅氏の総理就任、そして菅氏の銅像建立くらいしか喜ぶネタがないほど、秋田県は出口の見えない深刻な問題を抱えているのである。

山内貴範(やまうち・たかのり)
1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。

デイリー新潮編集部

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