金の延べ板など4億8千万円を寄付した箕面市の87歳 「自宅以外の資産は家族に残さない」

国内 社会

  • ブックマーク

 時価にして約3億円相当の金とプラチナの延べ板30キログラムを、大阪府箕面市に寄付した“究極の終活”が話題だ。実行したのは地元の料理人として一代で財を成した中嶋夏男さん(87)。堅実に稼ぎ豪快に使う。そんな半生を語ってくれた人生の大先輩から、われわれが学ぶべきことは何だろうか。

「箕面で長年商いをさせていただいて、ためた金を地元の人々に還元できたらと。人の命を救える救急車などを買ってもらえたらうれしい」

 と話すのは、中嶋さんご本人。実は自宅のある箕面市以外にも、多額の寄付を行った先があるという。

「寄付先は北陸にある私の菩提寺とか、直近では箕面の瀧安寺(りゅうあんじ)に2億円。私と16年ほど前に亡くなった家内の名前が石灯籠に刻まれています。お寺さんからお願いされたこともあるけど、後世に自分の名前を残したい。これまで作ってきた料理の味は、店がなくなったら消えてしまうから」

「最終的に10倍くらいになった」

 石川県の山中温泉で生まれた中嶋さんは、18歳で板前の道に進み、能登の名旅館「加賀屋」や京都などの日本料理店で修業を重ね、1960年に箕面市の料理旅館に移る。そこの仲居だった女性と結婚後、独立して箕面市内に開いたのが日本料理店「銀なべ」。神戸牛などを使った「どて鍋」が名物で、食品会社や精肉店など事業を拡げた。

「バブルがはじけても商いでピンチは一度もなかった。銀行から一銭も借りたことがない。職人時代に金を200万円ためて、それを元手に中古の平屋を借りて店を始めたんですが、3年後には土地と建物を購入できた。売り上げは多い時で1日25万円くらい。お客さんには浜村淳さんとかお医者さんがよく来てくれてね。40年くらい前に、歯医者さんから金の購入を勧められ買いためてきたのよ。最初は1キロ100万円くらいで、レートが安い時に買ったから最終的に10倍くらいになった計算だね」

 株にも手を出したが大して儲からず、22年前に店の調理場に立つことを辞めて引退した際、全て売り払ってしまったという。

次ページ:「自宅以外の資産は家族に残さない」

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。