「会社に素敵な人が」と言い出した妻 浮気を警戒していた42歳夫がまさかの展開に「一体、自分はどうなっているのだろう」
自分が落胆しているということは…
勇喜さんの仕事はコロナ禍でも週に3回は出社、最初の緊急事態宣言が明けるとすぐに毎日出社となった。他部署ではなかなかそうはいかなかったので、勇喜さんと西条さんの関係はさらに緊密になっていった。
「彼の部屋で一緒に飲んだこともあるんです。僕の言動から何か気がつくことがあったのか、あるとき彼が『勇喜さんって、男性にも関心があるんですか』とストレートに尋ねてきた。わからないと答えました。西条くんはどうなのと聞くと、『僕はたぶん、誰にも恋愛感情を抱かないタイプだと思う』って。恋愛感情じたいがよくわからないし、自身の性についても『男でも女でもない。無だと感じる』と。ああ、そういうタイプなのかと少し腑に落ちるところがありました。でも同時に落胆もしたんです。自分が落胆しているということは、やっぱり西条くんが好きなのかもしれないとも思った」
西条さんはその日、かなり酔って、帰ろうとした勇喜さんにキスをした。勇喜さんの体がしびれた。勇喜さんはあわてて彼の部屋を飛び出した。
「西条くんはそのことを覚えてないみたいだったけど……。あるいは覚えてないふりをしたのかもしれません。でも僕にとっては衝撃でした。彼の性自認がどうあれ、男性とキスしたのは初めてだったし、それによってあんなに取り乱してしまったのも我ながらビックリしたし」
「自分という人間が、いったいどういう人間なのか」
それからふと気づくと、以前ほど美波さんに興味がわかなくなっていた。これはよくないと美波さんに愛の言葉をささやいてみるが、どうにもリアリティがない。いったい、自分はどうなっているのだろうと彼は混乱した。
「昨年暮れに美波が『あなた、異動になってからもう何年もたつのに、まだ落ち着かないの?』と言うんです。いや、仕事は落ち着いてやってるよと言ったら、なんだかまだおかしいわよって。同じ部署の年下男が気になってるなんて言えませんからね……。西条くんのほうは淡々と相変わらずです。親しくしてるけど、彼は僕に恋愛感情なんて持ってない。でも彼に恋愛感情を持たれたいのかと言われるとわからない。弟がふたりいたけど、弟にあんな感情は持ったことがない。うちは娘しかいないから、息子みたいなものかどうかはわからない。とにかく西条くんの側にいると安心なんだけど、心がざわつく。単なる職場の後輩に対する気持ちとは明らかに違う。だからといって好きだと告白するようなものでもない」
そんなモヤモヤした気持ちをずっと引きずりながら、彼は日々、出社しているのだという。西条さんのことを思うとせつなかったり胸が痛かったりもするのだが、自分でその感情をすべて引き受けるしかない。
「自分という人間が、いったいどういう人間なのか、男性性をどう考えているのか。ずっとそんな悩みの中にいます。美波は不倫を疑っているようで、『好きな人ができたら、私とその彼女をちゃんと天秤にかけて答えを出してよ』と先日、言われました。そんな女性はいないよと言いましたが、その答えは正しいかどうか。この年になって、なんだか自分のアイデンティティというか、依って立つべきところがわからなくなってきました」
この先、西条さんとの関係が発展することはないだろう。勇喜さん自身が自分のモヤモヤをどこまで心身に吸収して平常心を保てるのか。あるいは美波さんにすべて話してみるのか。限界が来たところで考えるしかないのかもしれないと彼は眉間に深いしわをよせながら小声で言った。
前編【やっと理想の女性に出会いプロポーズ ところが彼女の出した“条件”に困惑「この結婚、大丈夫なのか」】からのつづき
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