やっと理想の女性に出会いプロポーズ ところが彼女の出した“条件”に困惑「この結婚、大丈夫なのか」

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新鮮だった「彼女」

 仕事と週末のテニス、そしてごくまれに合コン。社会人になってからの彼はそんなふうに日々を送っていた。充実していなかったわけではないが、やはりぼんやりした不安に苛まれていた。

 そんなとき出会ったのが大手企業でIT関係の仕事をしている美波さんだった。勇喜さんが27歳、美波さんが28歳のころだ。学生時代の友人たちの飲み会で、女友だちのひとりが連れてきたのだ。

「その飲み会は、けっこう誰かが誰かを連れてくることが多かったんです。そのほうが話題も豊富になるし人脈も広がる。美波が勤めている会社はうちとも若干の交流があったので、話しやすかったですね」

 彼女は学生時代に留学したこともあるとわかり、「エリートとは言えない、そこそこの自分」を自認していた勇喜さんは気後れした。ところが二次会でカラオケに行き、美波さんが歌ったのは、昭和のド演歌で、これが勇喜さんのツボにはまったという。

「僕は昭和の歌謡曲がけっこう好きだったんです。子どものころ、近所のアパートに60代のオッサンがひとりで住んでいて、彼がよく歌謡曲や演歌を歌ってた。何をしていたのかよくわからないけど、昔はそういう人いたでしょ。なぜか僕、『うちでたこ焼きしよ』と誘われたことがあるんですよ。大阪生まれだと言ってたなあ。そのオッサンが作るたこ焼きはものすごくおいしくて、友だちと一緒に行ったこともあった。ラジオから歌謡曲が流れてました。そこに行ったことがバレて両親から、ひどく叱られたけど」

 勇喜さん自身は昭和歌謡を人前では歌えなかったが、美波さんは自信を持って生まれた年のヒット曲である八代亜紀や小林幸子の曲を歌った。それがやけに身に染みたのと、彼女のルックスや経歴とはギャップがあったので一気に心が持って行かれたという。

「ウケ狙いというわけでもなさそうで、大好きな曲を歌いますって言って……。なぜかみんな、八代亜紀の『雨雨降れ降れ』なんて合唱しちゃった。新鮮でしたね、彼女のありようが」

 いわゆる「空気を読まないタイプ」ではあったが、彼女は自分のフィールドに他人を引きずり込むような魅力があった。だから周りも乗せられたのだ。

彼女からの「条件」

 帰り際、勇喜さんは彼女のメールアドレスを尋ねて教えてもらった。そして翌日、デートに誘った。その日は残業だと断られたが、数日後ならと承諾してもらい、彼は有頂天になったという。

「会いたい、会って話したいと体の奥からわき起こってくる欲求がありました。それが好きだということなんだと、彼女に再会してわかった。恥ずかしかったけど、僕は再会したその日に彼女のことが好きだと伝えました。初めてですよ、あんなふうにすぐに自分から言ったのは。彼女は笑いながら『つきあってみないと、好きかどうか決められない』と。じゃあ、これからデートを重ねようと畳みかけました」

 会えば会うほど好きになった。映画を観たり美術館に行ったり、ときには彼女がクラシック音楽のコンサートや寄席、歌舞伎などにも連れていってくれた。彼女は安いチケットを探してそういった文化に触れているようだった。

「毎週のように会って3,4ヶ月たったころかな、彼女は『私、親に勉強ばかりさせられたことを恨んでるんだ』と世間話みたいに言い始めたんです。本当は音楽や芝居が好きだった、テレビで見て心を揺さぶられて、ライブで観たい聞きたいと懇願したけど受け入れてもらえなかった。高校生のときに歌舞伎鑑賞教室へ授業の一環で行って、とても楽しかったって。だけど結局、受験勉強に必死で、大学時代もいい成績をとることだけを親に求められていた。だから社会人になったら自分のお金で思い切り遊ぶと決めたのとさっぱりと言うんです。その時点で親との仲はあまりよくなかったようですね。実家が都内にあるのに彼女はひとりで暮らしていました。家にはめったに帰らないと。僕も似たようなものだと子ども時代のことを話すと、彼女は『私たち、けっこう似てるわね』って。その日初めて、彼女の部屋に泊まりました」

 それから半年ほどたって、彼はプロポーズし、彼女も承諾。ところがひとつだけ条件があると彼女が言った。

「『私、結婚したら浮気しないって約束できないの』と言うんです。これはびっくりしましたね。だって彼女は僕のことが大好きだと言ってくれたばかりだったから。『今、あなたのことが大好きなことと、結婚後も他の男性に絶対目移りしないと誓うこととは違うでしょ』って。そりゃあそうだけど、と僕は黙り込んでしまったんです。『あなただって同じよ。私のことが好きでも、長い結婚生活の間には目移りするかもしれない。一度や二度は浮気するかもしれない』。浮気したらどうするのかと聞くと、『夫婦のどちらかが浮気して、でもまだ配偶者のことが好きなら、黙って浮気を終わらせるのが優しさじゃないかな』って。大人だなあと思ったけど、この結婚、大丈夫なのかとちょっと不安がよぎりました」

 結婚に際して浮気のことまで話す女性はめったにいないかもしれない。彼女は「結婚してからも、こういう話をしようね。ふたりの間の愛情確認をしたいから」とつぶやいた。

後編【「会社に素敵な人が」と言い出した妻 浮気を警戒していた42歳夫がまさかの展開に「一体、自分はどうなっているのだろう」】へつづく

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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