ミドルアッパー市場のトップランナーになる――大江伸治(三陽商会社長)【佐藤優の頂上対決】
七つの基幹ブランド
佐藤 大江さんは三井物産出身ですね。私にはけっこうご縁のある会社で、私が逮捕された国後島のディーゼル発電機をめぐる不正入札事件では、この事業を実施した物産社員も捕まりました。検察は贈収賄事件として捜査を進めていましたが、そうした事実はまったくなく、偽計業務妨害罪になりましたが。
大江 ああ、そうでしたね。
佐藤 彼は東京外国語大学出身で、とてもロシア語ができました。商社では日商岩井と三井物産がロシアに強く、彼らは外交官よりクレムリンに食い込んでいた時期があります。
大江 三井物産には、その地域のスペシャリストを育てるという方針があるんですね。だから現地に行って2年間徹底して語学だけをやる海外修業生制度などがありましたね。
佐藤 「組織の三菱」に対して「人の三井」と言われるゆえんですね。大江さんは、繊維畑が長かったのですか。
大江 そうですね、ゴールドウインも三陽商会も物産時代からお付き合いがありました。ゴールドウインには2年間出向経験もありますし、担当部長にも就いていた。三陽商会も、私が香港に駐在していた時には深くお付き合いしていただきました。ですから、もう中身はよくわかっていた。その意味では、「土地勘」はありましたね。
佐藤 今後の三陽商会については、どのように考えておられますか。
大江 いま、七つの基幹ブランドがあります。バーバリーで日本向けに出していた「ブルーレーベル」「ブラックレーベル」に替わり、現在は新たに英国テイストのブランドである「ブルーレーベル・クレストブリッジ」「ブラックレーベル・クレストブリッジ」を展開しています。それから「ポール・スチュアート」、八木通商からのライセンスである「マッキントッシュ ロンドン」と「マッキントッシュ フィロソフィー」、そして自社ブランドである「エポカ」に、婦人服4ブランドをまとめたセクションがあります。これらのブランドがすべて黒字化しました。それぞれの売り上げは70億~90億円になっています。
佐藤 安定的なブランドが7本できた。
大江 バーバリーのような突出したブランドはありませんが、非常にソリッドなブランドポートフォリオ体制ができたと思います。今後は、それぞれを100億円にアップして事業基盤を固めるというのが、この会社の進むべき方向です。
佐藤 ターゲットとなる顧客はどんな人たちですか。
大江 ミドルアッパー層です。ハイエンド、ラグジュアリーの少し下のゾーンで、日本のアパレル市場の約8兆円の中で、6千億円から8千億円ほどの規模があります。
佐藤 その層の年収は、1500万~2千万円くらいですか。
大江 800万円から1500万円くらいですね。ここが900万人ほどいます。これは日本独特の市場なのですが、私どもの目指すところは、この領域のトップランナーになることです。
佐藤 この20年くらいで、中産階級全体は減っていますが、中産階級上層部は厚みをましています。
大江 ええ、もっとも単純にマーケットが二極分化しているわけではないんですね。ユニクロなどのファストファッションが出てきて、低価格のマスのマーケットがあり、従来のハイエンドがある。その真ん中はいらないかといえば、そうではない。
佐藤 服は嗜好品でもありますからね。
大江 若い人ほど、嗜好は多様化しています。また価格訴求型のファストファッションに需要がある一方、機会に応じてきちんとした洋服を着たいと考えている人たちも多い。ラグジュアリーマーケットにも若い世代がどんどん参入してきていますので、将来的にもミドルアッパーの市場は残ると思います。
佐藤 それは吉野家や松屋の牛丼だけで食の世界が完結しないのと同じですね。
大江 消費者の立場で自分自身を振り返ってみても、多様な欲求があるわけです。より価値の高いものを着ると、やはりシャンとするし、自分の価値が高まったという意識も生まれてくる。私どものミッションは、そうした意識や気分を生み出す、品位ある高品質な商品を供給していくことです。
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