ミドルアッパー市場のトップランナーになる――大江伸治(三陽商会社長)【佐藤優の頂上対決】
コロナ禍での改革
佐藤 それはだいたいどのくらいの期間でできるものなのですか。
大江 ゴールドウインでは1年で損益分岐点まで到達し、2年目に黒字になったと思います。ですから三陽商会も1年ほどでやれると思いましたが、私が着任したのと同時にコロナ禍になりましたから、構造改革とコロナのダメージコントロールを同時並行で行う非常に困難な対処を強いられましたね。
佐藤 外出自粛もリモートワークもアパレル業界には大打撃です。
大江 特にコロナ禍1年目は、緊急事態宣言のもとで店舗休業があり、売り上げがなくなってしまったんですね。この会社は比較的キャッシュリッチ(現金など流動性の高い資産を潤沢に保有)で、財務はしっかりしていますが、やはりキャッシュが入ってこなくなって、預金がどんどん目減りしていくのを目の当たりにした時には、危機感を抱きましたね。
佐藤 しかも、その先どれだけ続くのか、まったくわかりませんでした。
大江 それゆえ社員の間に危機感が共有されて、会社を守るには改革を成し遂げなくてはならない、という意識が生まれました。もちろんコロナはマイナスのインパクトの方が大きいのですが、その中だからこそ、ラジカルな改革ができたという側面があります。
佐藤 ただ、商品点数の半減には、やはり相当な抵抗があったのではないですか。
大江 それでどうやって売り上げを作るのか、という疑問は社員の多くが抱いていたでしょうね。限られた品番数で、それを売り切って売り上げを作ることは、相当のプレッシャーだったと思います。ただ私はゴールドウインでも同じことをやりました。その結果、商品内容が良くなり、販売員にもお客さまにも焦点が絞りやすくなって、売り上げは落ちなかったんですね。
佐藤 すでに実証済みだった。
大江 品番数を半分にすると、やはり一点一点にかけるエネルギーやこだわりが強くなり、その商品がブラッシュアップされるんです。ですから絞り込むことによって、さらに商品力を上げることができた。
佐藤 商品開発委員会という仕組みを作られたそうですね。
大江 全社横断的に、企画から販売までワンチームで商材を開発する場を作りました。
佐藤 すでにヒット商品が出ていると聞きました。
大江 「エポカ」というブランドのブルゾンですね。これは繊維の中にセラミックの微電子を練り込んだ「光電子」という素材からできていて、保温性に優れているんです。人間の放射する体温をセラミックが吸収して、それを遠赤外線で服の中に戻すんですね。化学反応で温度を上げるのではなく、自分の体温をベースに保温しますから、究極のエコロジーです。他にもはっ水性と透湿性が高く軽さも備えた「パーテックス シールドエア」という素材の「マッキントッシュ ロンドン」のコートもヒットしました。
佐藤 機能性を加えた服づくりを行った。
大江 ゴールドウインなどのスポーツアパレルでは、機能がキーファンクションになっているんですね。それはスポーツだけなのかという思いがあって、「機能をキーワードにしてやってみたら」と言ったら、いい商品を作り出してきたんですよ。
佐藤 そうしたヒットがあると、社員はどんどんやる気になるでしょう。
大江 商品開発にしても構造改革にしても、トップダウンで私が手取り足取り指示してやったわけではありません。社員一人一人がやってみたら、ある程度効果が出た。その成功体験を積み重ね、学習効果も高めていった結果、社員が自律的にPDCA(計画・実行・確認・改善)サイクルを作り出していったんですね。だからいまもますます効率化は進んでいます。
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