ミドルアッパー市場のトップランナーになる――大江伸治(三陽商会社長)【佐藤優の頂上対決】

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 バーバリーとのライセンス契約終了以来、赤字続きだったアパレル大手の三陽商会は、今年、黒字に転じた。事業の核を失った会社は、どのように再建されたのか。そして現在、どんな会社に生まれ変わったのか。コロナ禍でのダメージコントロールと構造改革を同時に成し遂げた再生請負人の千日。

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佐藤 三陽商会は今年2月の決算で、2015年のバーバリーとのライセンス契約終了から、7期ぶりに営業黒字となりました。

大江 売上高が582億7300万円、営業利益は22億3500万円です。着実に構造改革を進めてきた結果が出ました。

佐藤 「マジックのような施策はない」とおっしゃったことがありますが、その前の3人の社長ができなかったことです。

大江 以前のこの会社は、バーバリーの売り上げが非常に大きく、利益もほとんどをバーバリーが稼いでいました。その栄光の時代を知っている人たちだと、なかなか改革するのが難しいんですね。私はそれを知りませんから、経済合理性に則った、思い切った構造改革ができたのだと思います。

佐藤 大江さんは、その前にもスポーツアパレルのゴールドウインを立て直されていますね。

大江 ゴールドウインも三陽商会も、似たところがあります。ともに大きなポテンシャルを持つブランドポートフォリオがあり、かつクリエーティビティーが高い会社なんですね。商品に対するこだわりがあるし、商品開発力もある。

佐藤 ゴールドウインには「ザ・ノース・フェイス」があります。

大江 それなのに、なぜ収益が出ないのか。アパレル経営をゲームに例えるなら、クリエーションゲームとリスクマネジメントゲームとコストマネジメントゲームの複合ゲームなんです。その三つすべてに勝たないと収益につながらない。

佐藤 三つすべてに勝つのは、なかなか大変ではないですか。

大江 ええ、でも2勝1敗だと負けてしまいます。両社とも、クリエーティビティーがあり商品力が高いのですが、リスクマネジメントとコストマネジメントが緩かった。私がやった仕事は、そこをギュッと締め直し、クリエーションパワーが収益につながるよう再構築したことです。

佐藤 具体的にはどのようなことをされたのでしょうか。

大江 まず前提となる売り上げ目標を一旦下げました。というのも、それまでバーバリーという大きなブランドがあった時の売り上げ規模を維持しようとしていたんですね。このくらいは届くはずだとか、やるべきだとか、希望的観測や努力目標みたいなものが売り上げ目標に入り込み、実力値を超える目標を設定して動いていたんですよ。

佐藤 バーバリー時代の惰性から抜け出すことができなかったわけですね。

大江 だから立てた計画が達成できない。すると在庫が残って赤字が出る。それを解消するために、新商品を数多く投入するという悪循環が起きていました。

佐藤 でもバーバリーに代わるブランドはなかなか作れない。

大江 そもそも何十年もかけて育ててきたブランドに代わるものが、簡単にできるはずがありません。その発想自体に無理がある。そこで悪循環に歯止めを掛けるために、実力値に基づいた売り上げ目標を設定したわけです。

佐藤 それは簡単なようでいて、難しいことです。

大江 アパレル業界は、恒常的に過剰供給の業界です。商品を過剰投入して、売れ残ったものをセールで処分し、それでも残ったものは翌シーズンに持ち越す。そうするとプロパー(定価)販売率がどんどん下がり、粗利率も低下する。つまりは商品リスクがどんどん高まっていくわけです。

佐藤 構造的な問題があるのですね。そこは出版社と似ています。出版社から書店に本を納品すると、書籍は36%くらい、雑誌は43%も返品されてきます。書籍ならまた書店に出すこともありますが、雑誌は断裁しますし、書籍も売れなければそうなります。再販価格維持制度があるため定価販売ではありますが、基本的に供給過剰な業界です。

大江 そうした環境にあると、ヒットを出すために、どうしても投入量を増やしてしまうんですよ。わずかな当たりを出すために大量の無駄玉を打つ。だから三陽商会では、品番数を半分くらいにカットしました。在庫を販売努力で減らすことは、非常に難しい。ですから徹底した入口規制をしました。

佐藤 つまり商品の点数を絞ったわけですね。

大江 ええ、その上で徹底した在庫管理をしました。と同時に、販売管理費の削減、つまりはコストマネジメントを厳しく行った。目標の売り上げに合わせて35~40%ほどカットしました。

佐藤 販売管理費には何が含まれるのですか。

大江 まず一番大きいのが人件費ですね。そしてプロモーションやシステムの費用です。

佐藤 人員削減もされた。

大江 はい。希望退職者を募り180人ほどが退職しました。この時は、全社員を前に1時間ほど事情を説明した。これらはみんなマイナス戦略です。

佐藤 マイナスをミニマム化させるということですね。

大江 そうです。マイナス部分をマイナスして、プラスを確保する。そういうことを徹底的にやりました。そしてボトムライン(純利益)を確保して、その上にしかるべきトップライン(売上高)を乗せる。そうすれば必ず黒字になります。

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