詩人・斉藤倫が「最初の記憶」として思い出す「曾祖父の背中で耳にした歌」

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空想に聞こえそうだけど…

 この記憶には、さらにつづきがある。つま先あがりの一本道は、左右が枯枝とつる草の雑木林で、寒々しいそれがとぎれたとおもうと、目に痛いほどの白い空間がひらける。見あげるばかりの、白亜の城か宮殿といった建物がこつぜんとあらわれるのだ。

 最初の記憶なんて、どこまでがあとづけかわからないし、これはまさに空想に聞こえそうだけど、ゆるいスロープ、ひろい石段の、なにもかもが白の世界、人影もなく、柱廊や両開きの扉が、時間が結晶したみたいに、しらじらと陽を浴びている。ぼくは、そこに、丸い影をくっきり落として、よちよち歩き、のちには、ひとりで、たしかにかけまわりもした。隅には、おとぎ話のいきものがひそんでいそうなこぶりなお堂もあって、めぐらされた柵をつたってあそぶのも、お気に入りだった。

 あとでおもえば、はじめから曾祖父とぼくはいいあっていた。「きょうもカソーバさ行ぐが?」と。

 それがお城や宮殿のいみではないとぼくがしるのは、何年もたってからのことだった。

斉藤 倫(さいとう・りん)
1969年生まれ。詩人。主な作品に『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』、『ポエトリー・ドッグス』など。

デイリー新潮編集部

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