横尾忠則がかつて「東京ではやっていけない」と叱られた理由 「関西人独特のラテン系の性格が自分にふさわしい」
週刊朝日が休刊になって、僕の連載エッセイ「シン・老人のナイショ話」も空中分解です。空気が抜けた感じで朦朧(もうろう)としている時、週刊朝日の担当編集者が「横尾さんのエッセイを週刊新潮でやることになった!」という夢を日曜日に見た、と同僚の編集者に話したそうです。この時点で僕は何も知りません。僕が知らされたのは月曜日です。僕が知る1日前に週刊朝日の編集者はこのサプライズをすでに夢でキャッチしていたということになります。
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まあ、何んとも非現実的な現実の話です。実はこの話の発端は銀座のggg(スリージー)ギャラリーで開催中の僕の「ブラックホール展」の取材に来られた週刊新潮の編集者に、ギャラリーの担当者が、週刊朝日の連載が終って、僕が残念がっているというような話をしたところ、その編集者がだったら週刊新潮でできないかな、と言い出して、早速、編集長に話したところ、一夜おいて翌日の日曜日に「連載決定」したというのです。
週刊朝日から週刊新潮に僕の連載エッセイが転生したのです。まさか僕の知らないところで、スカウトされて移籍して違うユニフォームを着ることになるとはねえ。
そんな訳で心の準備もないまま、週刊新潮に転生しました。初におめにかかります。どうぞ、よろしくお願いいたします。
さて、本稿の週刊新潮での連載タイトル「曖昧礼讃ときどきドンマイ」は、まあ僕の生き方を象徴しているといっていいでしょ。その昔、僕がまだ駆け出しのグラフィックデザイナーの頃、上京してすぐに先輩の家に挨拶(あいさつ)に行った時、喫茶店に連れられて、「君、何にする?」と聞かれたので特に好みはない、何んでもよかったので「何んでもいいです」と言ったところ、この先輩の逆鱗に触れて、「何んでもいいとはどういうことか、白黒はっきりつけないで東京ではやっていけないゾ!」と叱られてしまいました。
僕はもともと主体性のないというか、運命に従がうような生き方をしている人間なので、白黒はっきりつける生き方は自由を束縛されて、生きにくい、優柔不断かも知れないが、その時の気分に従がう方が、時には計算外のスリリングが味わえて面白いと思うタイプの人間です。
日本家屋の縁側やバルコニーのように外部に属しているのか、内部に属しているのか、どちらにも属すると同時に、どちらにも属していないグレーゾーンの方が生き易い。本稿のタイトルの「曖昧」こそ白黒不明などっちだっていいという実にフワフワした感じが自分にピッタリで、輪郭が朦朧とした曖昧さこそが自由への入口だと思っているのです。
生き方そのものもなんとなく向こうからやってくる運命に従がうタイプで、そのこと自体が僕の宿命のように思っています。生活に関しても、絵に関しても、横山大観のような朦朧派の境界のない物のとらえ方が自分の性に合っているように思います。要するに面倒臭がり屋なんです。
この面倒臭がり屋は僕の成長の過程で築かれた性格だと思います。僕は幼児の頃に養子として老夫婦の家に入りました。この老父母は僕を猫可愛がりに可愛がってくれて、僕が欲求する以上のものを与え続けてくれました。そんなわけで、いつのまにか受動的な性格として人格が形成されてしまったのです。だから求める以前に与えられる生き方の方が生き易い、それに従がっている方が便利がいい、いちいち考えたり努力することもないという、ちょっとした運命論者的な生き方こそ自分に最もふさわしいと思うようになったのかも知れません。
だから、誰かと競争することもない、必要以上に我を張ることもない、大人なのか子供なのかわからない、どちらかというと大人になりたくない症候群として人格が知らず知らず形成されたように思います。僕は関西生まれで、関西人独得のラテン系の性格が自分にふさわしいような気もしています。
関西人は僕に限らず面倒臭がり屋です。深く追求しないで、諦(あきら)めるのが早く、「シャーナイヤンケ」とか、「放っとき」という具合です。また東京の理性に対してこのような関西の感性は肉体的です。大阪出身のお笑い芸人は、常に身体をぐにゃぐにゃ動かして、身体言語で自己表現をします。またその身体そのものに僕は労働というより、遊びを感じるのです。
僕の描く絵の原点も実はこの辺から来ているのではないかと思います。理性より肉体的気分を優先します。どうもこうした性格に僕はラテン系の生き方を重ねてしまうのです。タイトルの「ドンマイ」は、「気にするな、心配するな」の意で、他人を励ますと同時に、自分に対しても勇気づける語として、僕の中で日常化しています。
余談ですが、本誌(「週刊新潮」)の発売中に僕は87歳の誕生日(6月27日)を迎えます。