【棋聖戦】佐々木大地七段が藤井聡太七冠に勝利 「再逆転負け」を許すも…その後の藤井の変化に注目

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佐々木の手を称賛

 過去の棋聖戦で藤井は、「黒星発進」から逆転したことはあったが、先勝してタイにされたのは初めてだった。対局後、藤井は「寄せに出たところをうまく切り返された」など振り返った。さらに、「最後の最後だけ、一瞬よくなったところはあったと思うんですけど」と話した通り、今回は土壇場で「再逆転」を許しての敗北だった。

 その上で藤井は「『5五角』が素晴らしい手で、負けになってしまった」と佐々木の手を具体的に挙げて称賛した。ABEMAで解説していた山崎隆之八段(42)も「こんな手は思いつきません。自玉の逃げ道を塞いでいた銀を角を捨てて動かし、玉を逃がして大逆転へ結び付けた素晴らしい手」と、この一手を絶賛した。

 一方、勝った佐々木は「1勝できてストレート(負け)を回避できてよかった」と安堵の様子だった。もちろん「打倒・藤井聡太」の決意で臨んでいるはずだが、今年になって王将戦で羽生善治九段(52)、叡王戦で菅井竜也八段(31)、そして名人戦で渡辺明九段ら強豪が藤井にことごとく敗退して行く様を見るにつけ、偽らざる気持ちだろう。

 佐々木はこれで藤井との対戦成績を3勝3敗とした。「途中、受けていて楽しみもあるかなと思ったけど、すぐに間違えたし、最後は拾ったみたいな勝ちかな」と発言こそ控えめだった。しかし、藤井に大きな失着があったわけでもなく「拾った勝利」ではないはず。これは佐々木にとって大きな自信になって当然だろう。

 とりわけ今回は、相手が研究不足で作戦勝ちした勝利ではない。最終盤、詰将棋チャンピオンの藤井に1分将棋の勝負で競り勝つという、事前研究など関係ない「土壇場のねじり合い」での勝利だったのだから。

 佐々木の師匠・深浦康市九段(51)は、終局直後の午後7時25分に「勝ったの? 勝てたの?」などとツイートし喜んだ。

 ベトナムでの第1局の解説者だった深浦九段には、次局(7月3日・静岡県沼津市の沼津御用邸東附属邸第一学問所)でも再度ご登場願いたい気がする。でもそうなると、もう一人の解説者は藤井の師匠・杉本昌隆八段(54 )にしなくては不公平だろうか。

立ち直りが早くなった

 感想戦の藤井は非常に雄弁で、時に笑みを浮かべながら中盤のあたりを念入りに振り返っていたようだ。藤井のほうがよく話し、勝利した佐々木のほうが「ああ」「いやーあ」と相槌を打つ感じだった。

 終局後の短いインタビューに答え、ファンが待つ大盤解説場に現れた際も、藤井は朗らかに話していた。「場慣れ」もしてきたのだろうが、敗戦から立ち直るのが以前より早くなったと感じた。

 ちなみに、女子柔道の阿部詩選手(22)や谷(旧姓・田村)亮子さん(47)は、試合に負けると周囲が手をつけられないほど激しく号泣した。女子レスリングの吉田沙保里さん(40)も同じだ。しかし、泣いた後はけろりとして次の試合に臨む。藤井も子供の頃は、敗れると親を困らせるほどに激しく泣いたという。どこか、こうしたトップアスリートらと共通点があるような気がする。

 さらに、藤井の強さの一つが、同じ相手に決して連敗しないことだ。タイトル戦もこれで16シリーズに登場しているが、いまだ連敗は一度もない。今回は先手番の相掛かりで圧倒的な強さを見せている佐々木に敗れたが、沼津では藤井が先手番である。

「中盤ではっきり苦しくしてしまった。次はもっと競り合いに持ち込めるように頑張りたい」と力強く語った藤井。何であれ注目の第3局は、勝ったほうがタイトルに「王手」をかけることになる。
(一部敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお) ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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