「熊谷6人殺害事件」“国賠訴訟”の高すぎる壁 妻子を喪った男性は「これ以上、遺族を見捨てないでください」

国内 社会

  • ブックマーク

「棄却すれば人事上の不利益は被らない」

 1990年から6年間、東京地裁や大阪地裁で裁判官を務めた森炎弁護士は、自身の経験からも、こんな見解を示した。

「国賠訴訟では、裁判所は基本的に抑制的になってしまいます。特に警察や検察の批判はしたがらない」

 国賠訴訟の中には、裁判官に対する訴訟もある。たとえばそれは、冤罪なのに有罪判決を出してしまい、その判断の正当性を問われた場合だ。

「そのケースでは裁判所は裁判官の責任を追及しなければいけないので、自己批判になる。それは国家権力への批判と同じなので、それをしてしまうと波紋や影響が大きい。だから避けたがるのです。検察も同じです。要は弁護士も検察官も裁判官も同じ法曹なので、やはり検察批判もしにくい。警察は検察とは異なるので、まだ批判しやすいのですが、それでも国賠訴訟となれば、神戸の大学院生の事件ほどひどくないと認められないのです」

 森弁護士によると、国賠訴訟は、裁判官の人事機能を担っている最高裁事務総局に報告されるため、「人事」という観点からも判断には影響が出る可能性があるというのだ。

「一般の事件は事務総局には報告されませんが、国賠訴訟は違います。だから人事を気にする裁判官は棄却するでしょうね。棄却すれば出世するとまではいいません。でも少なくとも人事で不利益を被ることはないでしょう」

 では、国賠訴訟で原告勝訴の判決を言い渡した裁判官は左遷されるのか。森弁護士が言葉を継いだ。

「私は現職を離れているので確たることは言えませんが、飛ばされる恐れはあるでしょう」

 もっともこれは元裁判官による一つの意見だ。現職からは反論の声も出てきそうだが、いずれにしても国賠訴訟で原告が勝訴するのは、特に警察相手なら尚更、難度が高まるというのが、法曹界における共通認識のようだ。

「最後に……。これ以上、遺族を見捨てないでください。是非、公正なご判断をよろしくお願いいたします」

 控訴審の意見陳述で、加藤さんが証言台で絞り出した言葉の意味が、6月27日の判決公判で、あらためて問われることになる。

水谷竹秀(みずたにたけひで)
ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。昨年5月上旬までウクライナに滞在していた。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。