「熊谷6人殺害事件」“国賠訴訟”の高すぎる壁 妻子を喪った男性は「これ以上、遺族を見捨てないでください」

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原告の勝訴が極めて少ない「国賠訴訟」

 国家賠償請求訴訟とは、公務員が違法なことをして私人に損害をもたらした場合、その公務員に対して直接、損害賠償請求ができない代わりに、国や地方公共団体に対して請求する訴訟のことを指す。熊谷6人殺害事件でいえば、埼玉県警が注意義務を怠ったという違法性を問われたが、原告の加藤さんは、担当の捜査員を訴える代わりに、県を相手取って訴訟を起こしたということだ。

 ところが、この国賠訴訟、原告が勝訴するのは極めて難しい。「10件中、1件あるかないか」(元裁判官)というほどで、これが警察相手になると状況はさらに厳しくなる。

 私が調べた限り、警察の職務怠慢が法廷で認定された殺人事件はこれまでに1件しかない。2002年3月に神戸市で起きた大学院生リンチ殺人事件だ。
 
 この事件は、大学院生の男性が友人を車で送った際、偶然に目があった暴力団の組長に殴られたことが発端だ。友人が仲裁しようとして組長と揉み合いになり、男性が警察に通報。男性と友人は組長の車に押し込められ、警察が駆けつけた。車を飛び出した友人が警察に助けを求めたが、「後日出頭する」という組長の言葉を信じた警察がその場を立ち去ってしまい、その後、男性は暴力団員に殴る蹴るの暴行を加えられ、死亡した。

 遺族が兵庫県を相手取った国賠訴訟で、神戸地裁は「警察が職務を適切に果たせば男性は死なずに済んだ」として損害賠償の支払いを命じた。裁判は最高裁までもつれ込んだが、県の訴えは棄却された。
 
 現行の司法制度では、ここまで職務怠慢が露骨にならないと、警察相手の国賠訴訟は勝てないのが現状なのだ。

“因果関係”を証明することの難しさ

 元東京地検特捜部副部長の若狭勝氏は、警察の職務怠慢と事件との因果関係を示すことの難しさを、次のように説明する。

「職務怠慢があったから被害者が死亡したという事実関係が認められるだけでなく、その逆も然りでないと駄目なのです。つまり、職務怠慢がなければ被害者は生きていた、ということが証明される必要があります」

 たとえば、交通事故で重傷を負った被害者が亡くなった場合、救急車を呼ぶのが遅かったから亡くなったとして責任を追及するなら、救急車をすぐに呼んでいれば重傷でも被害者は助かっていたことが証明できないと、因果関係は成立しないという。

「法律の世界でいう因果関係論は、A(行為)があったからB(結果)があったというだけでなく、その裏返しである、AなかりせばBなしも説明しないといけないのです。熊谷の事件に照らし合わせるなら、埼玉県警が注意喚起を怠っていたから被害者が次々に亡くなったという片面だけでなく、埼玉県警が注意喚起を適切に行っていたら、被害者の死は確実に避けられた、つまり被害者は生きていた、ということまで立証できないといけません」

 警察が国賠訴訟の対象になるケースとしてほかに考えられるのは、裁判で犯人の無罪が確定した時だ。しかし、それでも警察の責任はなかなか認められないと若狭氏は指摘する。
 
「警察がもし、証拠を無視して『こいつは悪い奴だから』と意図的に犯人を逮捕すれば、国賠は認められるでしょう。ただ、捜査にミスがあったという理由では、難しい。それは捜査というものがその性格上、流動的だからです。当初は犯人だと思っていたが新たな証拠が出てきたり、関係者の供述も変わったりして、やっぱり犯人ではなかったという場合もあり得るからです」

 仮に捜査上のミスが原因で、その度に国賠が認められてしまうと、今度はその後の捜査に影響が出てくる。

「捜査が抑制的になってしまいます。自由な捜査ができずに萎縮してしまう。必要な捜査が積極的に行われなくなる恐れがあるので、国賠はそう簡単に認められないと思います」

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