「熊谷6人殺害事件」“国賠訴訟”の高すぎる壁 妻子を喪った男性は「これ以上、遺族を見捨てないでください」

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「また一方的に敗訴にされるんじゃないか」

 一本の線香にろうそくの火を灯し、香炉の灰にそっと立てた。りんを一度だけ鳴らし、目を瞑って静かに手を合わせる。その間約20秒。

 目を開いた加藤裕希さん(50)の視線の先には、妻だった美和子さん(当時41)、長女の美咲さん(同10)、次女の春花さん(同7)の骨壷が並ぶ。その周りには、色とりどりの花束やぬいぐるみ、お菓子が供えられていた。

 埼玉県熊谷市内の寺院で月命日の供養を済ませた加藤さんの胸には、不安が押し寄せていた。【水谷竹秀/ノンフィクション・ライター】

 同市で2015年9月、美和子さんら6人が殺害された事件で、原告の加藤さんが埼玉県を相手取って約6400万円の損害賠償を求めた訴訟の二審判決が6月27日、東京高裁で言い渡される。

「また一方的に敗訴にされるんじゃないかと考えてしまいます。今までの裁判でも、自分の訴えが無視されたかのような判決を出されたことに、憤りを感じています。もし自分の子供が同じ目に遭わされたら、同じ判決を下せるのかと裁判官に問いたいです」

 そんな心境に加藤さんは、苛まれていた。
 
 またかもしれない……。

 口を衝いて出てくる気がかりな言葉。それは国賠訴訟の一審判決で敗訴したからだけではない。

 犯人のペルー国籍、ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン(当時30)が強盗殺人などの罪に問われた刑事裁判では、一審の死刑判決が二審では無期懲役に「減刑」され、検察は19年末に上告を断念。無期懲役が確定した。

 以来、加藤さんは司法に対する不信感を募らせてきた。

 だから、今回もまた同じ目に遭うのではないかという懸念が、嫌でもまとわりついているのだ。

「県警側の言い訳にしか聞こえない」

 事件の発端は15年9月13日に遡る。

 犯人のナカダはその日、市内の民家敷地内に侵入したため、熊谷署まで任意同行された。ところが聴取の最中、財布とパスポートを置いたまま、屋外喫煙所から走り去る。その後、付近の民家2軒から「外国人が侵入した」との通報があり、捜査員20人態勢で、警察犬も出動させて捜索に当たった。しかし、ナカダを発見できず、翌14日、近隣に住む50代夫婦の刺殺事件が起きた。15日から16日にかけては80代の独身女性が、そして16日には美和子さんら3人がそれぞれ包丁で刺されて死亡した。加藤さんはこう訴える。

「なぜ不審な外国人が近くまで来ていると警察は言ってくれなかったのか。防災無線も使わず、事件の連続発生を予想できなかったというのも県警側の言い訳にしか聞こえない。市民の安全を守るのが警察の仕事ではないのか」
 
 裁判の争点は、14日に50代夫婦の刺殺事件が発生した後、地域住民に対して、必要な犯罪情報を提供する注意義務を怠った違法があるか否か。そして県警による不作為と美和子さんら3人の死亡との因果関係の有無である。

 一審さいたま地裁は昨年4月半ばに言い渡した判決で、「県警による情報提供の方法及び内容に関して、権限不行使による国賠法上の違法は認められない」として原告の請求を棄却した。

 原告は控訴し、その後の審理でも、事件の連続発生を予見できたかどうかをめぐる解釈の違いなどが争われた。

 高裁が言い渡す判決の行方はいかに――。

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