まさに“猛牛伝説”! 近鉄を初のパ・リーグ制覇に導いた「奇跡のバックホーム」

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「前で掴んで刺すことだけを考えた」

 二塁走者の定岡智秋は俊足だけに、生還を阻止するのは無理と思われた。もし勝ち越し点を許せば、そのまま試合が決まる可能性も高かった。打たれた村田は「もうあかんと思った」と覚悟し、捕手の梨田も「これで終わりか」と打球が抜けたセンター方向を虚ろな目で見つめた。

 ところが、ここから信じられないようなミラクルプレーが炸裂する。センターの平野が猛然と約10メートルダッシュして打球を処理すると、目にもとまらぬ速さで本塁に返球したのだ。

 この場面を平野は次のように回想する。

「ボールが転がってきたとき、あの走者を還してしまえば、すべてが終わりと思った。だから、イレギュラーしようが、ファンブルしようが構わないから、ともかく前で掴んで刺すことだけを考えた。どうやって投げたか全然覚えていない」

 平野の渾身のバックホームは、「これしかない」という軌道を描いてノーバウンドで梨田のミットにストライクで収まった。「白いボールがひと筋の光のように、どんどん大きくなった。これを落としたらえらいことだ」と緊張しまくりながらも、梨田は捕球とほぼ同時にスライディングしてきた定岡にタッチした。

「アウト!」

 本塁ベースカバーの最中、久喜勲球審のコールを間近で聞いた村田は「本当に助かったあ!」と体内に再び力がよみがえってくるのを感じた。

 平野自身も「ダッシュ、捕球、スローイングの3つすべてがうまくいかなければダメだった」と振り返った奇跡の返球は、「もう一度やれ」と言われてもできないくらい完璧だった。

執念の“神返球”がもたらした栄冠

 そして、このスーパープレーが“死に体”になりかけていたチームを救った。
9回2死、村田が最後の力を振り絞って、山下慶徳を3球三振に打ち取り、1対1の引き分けでゲームセット。この瞬間、シーズン最後の65試合目で近鉄の前期優勝が決まった。

 あっという間にナインの歓喜の輪に包まれた西本監督は「長い1日だった。村田が終始頑張ってくれたし、平野が土壇場のピンチで素晴らしい返球をしてくれた。あの気性の激しさが不振のチームを支えてくれた」と目を赤くした。

 その後、近鉄は後期の覇者・阪急とのプレーオフを3連勝で制し、悲願の初Vを実現。結果的に平野の執念の“神返球”がもたらした栄冠とも言えるだろう。今でも「奇跡のバックホーム」は、“猛牛伝説”を語るうえで欠かせない名場面として、ファンの記憶に鮮明に残っている。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

デイリー新潮編集部

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