10代で香港に飛び出し、働きながら旅行… 斎藤工が『深夜特急』に導かれて香港で見つけたものとは?  沢木耕太郎×斎藤工

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コロナ禍で排除された「偶然」

沢木 いまはその偶発性、偶然を恐れる時代になっています。ひとつはインターネット、とりわけスマートフォンを持ったことによって、あらゆる自由を手に入れたという錯覚に近いものが生まれてしまった。スマートフォンによって、何でも調べられる自由を手にした気になっている。でも、それは同時に不自由でもある。いまの若い人たちにとっては、スマートフォンがなければ、例えばTBSがある赤坂から水戸に行くのだって大冒険かもしれない。

斎藤 情報過多な時代のなかで、事前に過剰なまでの情報を得て準備をする。そうして偶然の出会いや摩擦が起こることを妨げてしまっているとすれば、僕たちは旅の目的のひとつを喪失しかけているのかもしれません。まさかの偶然や出会いを恐れず、転んで擦りむいても瘡蓋(かさぶた)になればいいという覚悟を失っている気はしますね。

沢木 そしてまさに新型コロナウイルスの流行によって、何が最も排除されたかといえば「偶然」です。だけど旅も、大きく言えば人生も、偶然がさまざまなものを生み出してくれる。偶然を排除していくと、旅はすごく小さく、狭く、どんどん退屈なものになっていってしまうんじゃないかな。いま、ようやくウイルスの流行期から状況が一歩前に進み始めた。やっと自由が戻りつつあるのだから、みんながもっと偶然との遭遇を楽しむことができたらなと期待しています。

「いま居る場所から一歩動いてほしい」

斎藤 今年の2月に、二十数年ぶりに香港を訪れる機会があったんです。行ってみたら、かつてとは様変わりしていた。やはり、さまざまなエンターテインメントの自由度が制限されている。それは実際に行かなければ感じられなかったことですし、情報に接するだけではなく、現地に行って実際に触れてみるというアナログな感覚の大切さを改めて実感しました。

沢木 香港でなくてもいいけれど、斎藤さんの朗読を聞いて、できればいま居る場所から一歩動いてほしい。

斎藤 情報が溢れに溢れている現代だからこそ、誰かの一歩を動かすことができる『深夜特急』の重みが増しているのかもしれませんね。

沢木 『深夜特急』を書いた時、仕事で会う若い女性の編集者やライターさんによくこう言われたんです。「私の彼は、この本を読んで旅に出ちゃったんです」って。ひとりやふたりではなく、何十人もの人から。

斎藤 沢木さんのせいで、みたいな(笑)。

沢木 そう、半分そんな感じ。で、あの時、旅に出ていった恋人たちがその後どういう人生を送ったのかを考えてみることがあるんです。もしかしたら人生を誤ってしまった人もいるかもしれないなと。それでも、やっぱり行かないよりは行ってくれてよかったと僕は思う。一歩動き出すのは決してマイナスではない。

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