10代で香港に飛び出し、働きながら旅行… 斎藤工が『深夜特急』に導かれて香港で見つけたものとは?  沢木耕太郎×斎藤工

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旅が発する熱

沢木 例えば九龍(クーロン)と香港島を結ぶスター・フェリーに乗ってアイスクリームを食べる。たった20円か30円でできることなんだけど、それで十分に僕は楽しめた。裏道に入れば何か面白いことが待ち受けていて、漢字の筆談だけで現地の人とかなり通じ合える。些細な出来事であっても、それ自体が旅の目的たり得るし、街をただ歩くだけで旅が発する熱を存分に感じ取れるということを僕は書いた。そこに若者たちは驚いてくれたんじゃないかという気がするんです。

斎藤 沢木さんの先ほどの質問に答えると、僕にとっての香港は「両方感じた街」でした。その土地の食べ物と水が合うかどうかが僕にはとても大事で、ヨーロッパを長く旅したこともあるんですが、どうしても米が恋しくなったりする。でも、香港やタイといったアジアの地域ではそうした「食のホームシック」を感じずに済みます。しかも、屋台でリーズナブルに食べられるので、これでずっと構わないというくらい香港の食事には惚れ込みました。

沢木 それは香港の楽しさですよね。「両方感じた」という、もう一方の感覚はどんなものだったんだろう?

斎藤 行ってから1週間くらいして食あたりになってしまって……。多分、屋台で食べたチキンがあたったと思うんですが、入院する羽目になったんです。

沢木 どれくらい入院していたの?

斎藤 2日くらいです。その時の景色は未だに不思議と覚えていて、ベッドを仕切るカーテンが水色で、日本の病院と違って扱いが少し雑だったなとか、その病院の匂いだとか。点滴を受けて、どうにか復活して退院しました。とにかく働かなければいけなかったので。

沢木 異国の地を初めてひとりで旅しながら働いていたんですか?

斎藤 はい、日本と同じようにモデルをしていました。もしかしたら、ビザの関係で仕事をしてはいけなかったのかもしれませんけど……。文字通り片道切符で香港に飛んだので、何が何でもお金を作ってとどまるか、あるいは次の場所に行くか、いずれにしても旅を続けたいと考えていたんです。なにしろ旅のバイブルである『深夜特急』を片手に抱えていましたから(笑)。

点と点をつなぐ

沢木 その旅のあり方、街との関わり方は理想的な気がするなあ。僕の旅は、仮に1カ月その街にとどまるにしても、言ってみれば街をうろつくだけです。そういう旅人を相手にしてくれるのは、観光業の人か、暇な老人か、子どもたちくらいのもの。本当の意味で街を構成しているのは、やっぱりそこで生き生きと働いている人ですよね。斎藤さんが仕事をすることで、そうした人たちと関われたのは幸せだと思うし、その街をより理解するための深みをもたらしてくれたんじゃないですか。

斎藤 たしかに働いてお金を得るという営みによって、その土地の人の本性というか、横顔みたいなものは見られたのではないかと感じています。海外に旅に出る前に準備できるのは、ガイドブックに書かれているような「点」でしかないと思うんです。それこそどこの観光地を訪れて、何を食べるかといったような。でも、『深夜特急』で教えられたのは、点と点を「線」でつなぐことこそが旅の面白さであるということでした。「まさか」という事態が起き、偶発性に出会う。それが旅の醍醐味であり、異邦人として働き、生活してみることで「線」をつなぐ面白さを自分なりに味わえたのかもしれません。

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