認知症最大のリスク「難聴」をいかに防ぐか 若者世代がより危ない理由とは
補聴器で認知症発症リスクが低減
こうした難聴によるリスクと現状を踏まえた上で、ここからは冒頭で触れた臨床試験について詳しく説明したいと思います。
具体的には、65~85歳の方30名余りの難聴患者さんを対象に、補聴器をつけ始める前と、その後6カ月間補聴器をつけてもらった後での変化を調査しました。
まず、「あ」「か」「さ」「た」といった単音節を聞き取る語音検査においては、「片耳」ごとに調べると、約3分の2の耳において聞き取り能力の悪化が抑えられる、あるいは改善されるとの結果が出ました。
また、認知機能においても同様に試験を行いました。複雑な図形を一度模写してもらった後に、その図形を消し、3分間全く別の作業をした後で、図形を思い出しながら描いてもらうというものです。
この3分後の描画を、補聴器装用開始前と6カ月後で比較した結果、後者のほうが精度が向上していました。
倫理的に補聴器をつけない対照群を設定できず、今回はその対照群と比べられていませんが、この結果は次のことを示唆しています。
65歳を過ぎても、補聴器を装用することで、音の聞き取り能力だけでなく認知機能も改善され、認知症発症リスクも低減し得る。それは同時に、補聴器をつけると「耳」が良くなるだけではなく、「目」から入ってきた情報の記憶再生能力までもが改善されることを意味しています。
「空き容量」仮説
なぜ耳が良くなると、目による視覚情報に関連した認知機能まで改善されるのか。そのメカニズムの解明はこれからの研究にまたなければならないところですが、ひとつの仮説を紹介しておきます。
耳が聞こえにくい方は自ずと、耳から入ってくる情報よりも目からの情報に深く依存せざるを得ません。そこで聴覚情報と視覚情報のバランスが崩れてしまう。しかし、補聴器をつけることでそのバランスを正常に近い状態に戻すことができる。つまり、補聴器により耳から入ってくる情報が増え、それまで酷使していた目の負担が減り、視覚情報を処理する脳の「空き容量」が増えるため、複雑な図形を記憶し、再現しやすくなるといった可能性が考えられるのです。
従って、日常の不便を減らすだけでなく認知症の発症リスクを下げる意味でも、65歳を過ぎていたとしても補聴器をつけることは極めて有意義といえるわけですが、そこには「現実問題」が立ちはだかってきます。目が悪くなればメガネをかけるのは当然である一方、耳が悪くなったら補聴器をするのは当たり前とはなっていないことです。
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