認知症最大のリスク「難聴」をいかに防ぐか 若者世代がより危ない理由とは
健康被害をもたらす落とし穴
命を削り、死に至る病。脳卒中やがんにはそうしたイメージが強い一方、難聴に対しては「煩わしいけれど、まあ死にはしない」という印象を持っている方が少なくないのではないでしょうか。実はこのイメージにこそ、健康被害をもたらす落とし穴が潜んでいるといえます。
QOL(生活の質)は健康寿命を考える上での大きな指標として、多くの人に浸透している言葉だと思いますが、WHO(世界保健機関)は、各病気や症状によってどれだけQOLが損なわれるかを、「障害調整生命年」とも訳される「DALY(Disability-adjusted life year)」という概念でランク付けしています。
「1DALY」は、本来健康な状態で過ごせたはずだった人生を1年失ったことを意味するわけですが、WHOは、どの病気や症状がどれだけDALYに影響を与えるかを国別にまとめているのです。
確実にQOLをむしばむ
WHOのホームページで最新の日本のデータ(2019年)を見てみると、DALYを大きくする原因のトップは「(脳)卒中」で、「虚血性心疾患」、「背中と首の痛み」、「アルツハイマー病およびその他の認知症」などと続き、第8位に先天性のものを除いた「その他の難聴」が位置付けられています。第9位が「結腸および直腸がん」ですから、難聴はある種のがんよりも恐ろしい症状とすらいえるわけです。
先ほど申し上げたように、難聴になったからといってすぐに死ぬわけではありません。しかし逆に考えると、それゆえに難聴になったらそれがもたらす弊害と長く付き合わなければならず、DALYに大きく影響を与えるともいえるのです。
正常な聴力だと0dB(デシベル)近辺の音から聞き取れるものが、鉛筆の筆記音やささやき声程度の25dB以上でないと聞き取れない時点で軽度難聴と診断されますが、この難聴による支障は単に「音が聞こえにくい不便さ」にとどまりません。
どうせ会話の声もよく聞こえないからといういら立ちや諦めから、人との接触をおっくうに感じ、外出を控えて引きこもりがちになる。その結果、社会的孤立へとつながり、うつになりやすいとも指摘されています。外出しなくなれば、サルコペニア(加齢による筋肉量減少)やフレイル(虚弱)のリスクが高まり、コミュニケーション不足などから認知症の発症リスクも高まると考えられているのです。
このように難聴は、痛みなどの苦痛が伴うわけではなく、直接的に死に至る病というわけではないものの、気が付かないうちに確実にQOLをむしばんでいく恐ろしい症状ということができるでしょう。実際、セミの鳴き声や街頭の喧噪(けんそう)に相当する70dB以上でないと聞き取れない高度難聴の方は、難聴ではない人と比べて死亡リスクが1.5倍との報告もあります。
なお、21年のWHOの報告によれば、世界の難聴者は15億人超に達し、全人口の約20%、実に5人に1人に相当します。また、50年には約25億人にまで増えるともWHOは指摘しています。
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