殺虫剤から「感染症トータルケアカンパニー」へ――川端克宜(アース製薬社長)【佐藤優の頂上対決】

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革新的な「酸化制御技術」

川端 それからもう一つ、私は「セレンディピティ」(偶然がもたらす幸運)を大切にしています。あることに集中して出てくるアイデアもありますが、別のことをしていて、たまたま思いつく場合もある。お風呂に入りながら、「あっ」とひらめく時があるじゃないですか。

佐藤 だいたい面白いことは、そういう時に思いつきますね。

川端 全然違うことをしていて思いつくアイデアがある。それが重要だと思います。だから、人事異動でも虫ケア用品の担当者と入浴剤の担当者はよく入れ替えたりします。

佐藤 外に出ると、見えなかったところも見えてきますからね。

川端 専門的になって深掘りすることも大切ですが、プロになりすぎてはダメです。新入社員でも、虫を専門に勉強をしてきた人を、すぐにその担当にしないとか。ただ弊社には、感染症対策というベースラインがあります。虫ケアも、除菌剤でウイルス・菌を除去するのも、あるいは洗口液(医薬部外品)で口の中を殺菌するのも、ベースは同じです。だから違う部署でもどこかでつながっている。

佐藤 その行き着く先にあるのが、川端さんが掲げる「感染症トータルケアカンパニー」ですね。感染症対策では、新たな技術が誕生したと聞きました。

川端 はい。日本発の革新的な酸化制御技術が生まれ、現在、事業化を進めています。MA-T(Matching Transformation System)システムと言いますが、これによってさまざまな菌の除去や、消臭ができます。

佐藤 まったく新しい仕組みなのですね。

川端 いまの消毒液や除菌剤は、アルコールか次亜塩素酸水で、引火性があったり使用上の注意が必要だったりします。一方、MA-Tシステムの商品は99.9%が水ですので、安全性が高い。腐食性もなく、長期保存が可能です。

佐藤 すでに商品化されているのですか。

川端 弊社からは、「N.act 除菌・消臭スプレー」などが発売されています。

佐藤 コロナ禍では引き合いがすごかったのではないですか。

川端 そうですね。提携する(株)エースネットの除菌消臭スプレー「A2Care」は、日本の航空各社の機内除菌に採用されました。ただ、この酸化制御の仕組みは、消臭や除菌だけでなく、医療や農業、エネルギーと、非常に応用範囲が広いです。

佐藤 酸化という物質の基礎的な反応に関わることですから、何にでも使えるわけですね。

川端 その通りです。ですからアース製薬が単独でやっても、広く社会実装していくにはほど遠い。そこで「日本MA-T工業会」という社団法人を作り、そこをオープンイノベーションのプラットフォームとしています。参加する会社には、技術の詳細まで明らかにして、どんどん使ってもらいます。

佐藤 どのくらいの会社が参加されているのですか。

川端 設立して2年半ほどですが、商社や日用品メーカー、自動車、エネルギー、農業など、各業界のトップ企業を中心に100社を超えています。また大阪大学をはじめとする研究機関でも、薬学、医学、歯学、工学など幅広い分野で研究開発が行われており、MA-T学会も設立されました。

佐藤 これを推進するにあたって、いま最大の課題になっているのは何ですか。

川端 既得権益ですかね。こうした技術が出てくると、困る人もいるわけです。でも非常に優れたものですから、時間をかけてでも社会実装化していくつもりです。日本発のMA-T産業の育成が実現できる可能性を秘めています。

佐藤 先ほどの社長になった時のお話もそうですが、川端さんはかなり先のことを見通しながら事業を進められていますね。

川端 私は今年52歳です。これから60歳までの8年間、利益を出しながらやるというのは、そんなに難しくありません。でも私が辞めた後も利益を出し続けるようにするのは大変です。社長としては、やはりそれをやらなければならない。

佐藤 MA-Tはその一つになりますね。

川端 そうです。私の在任中には大きな利益が出ないかもしれない。でもいなくなってから「やっておいてくれてよかったな」となるかもしれません。さまざまな新しい事業の種を用意し、将来、「アース製薬って昔、殺虫剤売っとったらしいで」と、言われるのが夢ですね。

川端克宜(かわばたかつのり) アース製薬社長
1971年兵庫県生まれ。近畿大学商経学部卒。94年アース製薬入社。営業畑を歩み2006年に広島支店長、11年に大阪支店長(役員待遇)。13年取締役ガーデニング戦略本部長となり同部門を立て直した後、14年に42歳で社長に就任。17年よりアースグループCEO。一般社団法人「日本MA-T工業会」代表理事も務める。

週刊新潮 2023年6月15日号掲載

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