ある日、突然妻と交際しているという若い男性が出現…話を聞くうちに蘇った自分の過ちが最終判断に与えた影響とは

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なぜか怒りが沸騰しない

 1週間後、今度は大造さんが妻を訪ねてみた。職人の彼と妻と大造さん、3人が初めて顔を揃えた。娘は「よっちゃん」と男を愛称で呼んで慕っている。それが大造さんにはショックだった。

「娘がいたので深刻な話もできなくて。“よっちゃん”がチャーハンを作ってくれたんですが、これが実にうまかった。彼自身は職人と言っていたけど、実は料理人だったんです。しかも最初に言っていたように、妻の前の勤務先にいたのは確かだけど、仕事で同じ部署にいたわけではなく、社食で料理人として働いていたんだそう。『なんだ、ちゃんと言ってなかったの』と静佳にツッコまれて、恥ずかしくて言えなかったと白状していました」

 現在は別の中華料理店で働いていると静佳さんが説明した。ついうっかりそんな世間話のようなものに乗っかってしまった大造さんは、娘が昼食のあとうとうとしているのを見計らって「これからのことだけど」と口火を切った。

「本来なら僕はあんたに慰謝料を請求する立場だからねと彼に言いました。彼はすみませんと言うだけ。静佳は『どうしたらいいかわからないのよ』としか言わない。娘と静佳と僕、3人で生きていこうと説得したんですが、妻はいい返事をしない。僕も自分の過去の経験があるから、なんだかふたりに強気で出られない。わけのわからない3者会談でした」

 妻が不倫をしたことには怒りがあるものの、なぜかその怒りが沸騰しない。ただ心配なのは娘のことだった。ふたりが恋して一緒にいたいのなら、娘はオレがめんどうを見ると言ったものの、目の前の妻と若い男の間に恋の炎が燃えているようにも見えなかった。

 ふらふらと起きてきた娘に、残酷だとは思ったが「パパとママが別々に住んだら、どっちと一緒にいたい?」と聞くと、娘は「みんなで一緒にいよう。よっちゃんも」と言い出した。大造さんはそれを聞いて、ひとりで自宅に戻った。

「なかったことにしよう」

 3ヶ月ほどたったとき、静佳さんは娘とともにふらりと戻ってきた。

「よっちゃんにフラれちゃったと静佳は言いました。娘もパパと抱きついてきた。『よっちゃん、やっぱり親子は一緒にいたほうがいいって言うの。私もそう思う。ごめんね』と静佳が言ったとき、彼女はずっとまじめに生きてきて、突然、魔が差したんだろうなと思いました。人間にはそういうときがあるのかもしれない、と。許す許さないの問題ではなくてね。たとえが悪いけど、たとえば妻がふと万引きをしてしまったとする。僕は警察に迎えに行くし、その後のケアもしますよ。それと同じようなものというか、刑法にひっかかってないのだから、一時的に男に走ったくらいどうってことないのかもしれないと思ったんです」

 妻を好きなら許せないと思う人もいるだろう。だが彼は、妻が好きだからこそ「なかったことにしよう」と決めた。妻に「よっちゃんのこと、まだ好きなのか」と尋ねたら、妻は黙って首を振った。妻自身、なぜ彼に走ったのか明快な答えはないのかもしれない。

 人は過ちをおかすことがある。彼もそうだった。

「今はごく普通に生活しています。静佳は別のところでまたパートとして仕事をしています。娘は6歳、来年は小学校に入ります。3年前のあのできごとは、自分の中ではまだ整理しきれてないし、妻も話そうとはしません」

 妻が戻ってきてから、彼は目標をたてたり、「ふたりでがんばっていこう」と妻に言うのをやめた。それが彼女のプレッシャーになっていた可能性があると思い至ったからだ。

「妻は頑張り屋だから、僕が何かそういうことを言うとそこに向かってがんばりすぎてしまう。今は3人でいられればそれでいい。そう思うようにしています」

 安定しているように見えるが、静佳さんの気持ちに対して不安要素がないわけではない。

 それでも「3人でいることがいちばん大事」なのだから、そこだけは忘れないようにしたいと大造さんは言った。

「わけのわからない話ですみません」

 彼は最後に丁寧に一礼して帰っていった。

前編【先輩の妻とデキた不倫男の苦悩 彼女に「夫と3人で話合いましょう」と言われたが、揉めるのが嫌で…音信不通の果てに知らされた真実】からのつづき

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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