「何よりも選手の気持ちを優先」「プライドを傷つけないよう部屋に出向いて対話」 森保監督の監督術をコーチ陣が明かす

  • ブックマーク

“1点差”で意思統一

 厳しい闘いの中、劇的勝利を実現できた要因として、「選手たちの成長」と「スタッフの準備」、そして「すべてがうまくかみ合った」と指摘するのは、自らもJリーガーとして活躍、現在はスポーツ・ジャーナリストであり、久保建英らのパーソナルコーチも務める中西哲生(53)だ。

「森保さんが選手たちに任せた部分が大きかったと思います。選手が自主的に考えた上でプレーする方が力は出しやすい。メンバーの決定や交代は監督がイニシアチブを持つでしょうが、監督・コーチが決めたことと選手の自主的な判断、その両方のバランスがよかったのだと思います」

 そして、最も象徴的なシーンとして、ドイツ戦で先制された直後の選手たちの行動を挙げた。

「1点取られた後にすぐ円陣を組んで、方針を確認しているのです。あれがメンタル的には大きかった。1点取られることが織り込み済みだったから、それがポジティブに作用した。『1点差なら追いつける』という計算があった。実際、先制点を取られたらショックは大きいのです。きちんと意識をそろえておかないと、『前半のうちに点を取って追い付きたい』と焦る選手も出てくる。選手の意識が少しでもバラバラになるとチームとして機能しなくなってしまいます」

2カ月前から周到に準備

 日本代表は先制されても動揺しなかった。その背景には、監督、コーチと選手たちが積み上げてきた意思の統一があった。上野が話してくれた。

「大会前の2022年9月、ドイツで事前キャンプ的な遠征をしました。その時にはもう森保監督から『前半はしっかり守備をして、後半にカウンターから得点を狙う』というプレーモデルがはっきりと示されました。コーチ陣にはその前に話があり、守備を担当する齊藤俊秀コーチ(50)を中心に4―4―2のオーガナイズからカウンターで点を取るシステムを研究していました。それが、アメリカとの試合でうまく決まったこともあり、チームは自信を深めました」

 チームの方針は、大会中に即興的に決められたのでなく、2カ月前から周到に準備されていた。

「ドイツ戦も、『前半0対0でOK、0対1でも大丈夫』というキーワードが9月からあったので動揺はありませんでした。『前半を0対1で戻ってくれば、後半は後ろ(バックス)を3枚にして三笘薫を入れて点を取りにいく』という根拠がありました。

 ヨーロッパでプレーする選手の中には、『前半から力ずくで勝負したい、高い位置でボールを奪いにいきたい』と意気込む選手もいたでしょう。でも『日本代表が強豪相手に勝つには、前半はブロックを組んで固く守る時間帯を作ろう。ジッと我慢してブレーキを踏み続け、後半一気にアクセルを踏んでドイツを倒そう』という意識でチームが一体になりました。だから、守備を担う酒井宏樹は生き生きしていたし、ベンチで控える三笘や南野拓実、堂安律、浅野拓磨らも燃えていました」

 コスタリカに敗れた後のスペイン戦。決勝トーナメントに進出するには負けられない試合を前に、森保監督と選手の関係を象徴する出来事があった。

「前々日の練習でわれわれが提示したシステムは3―5―2でした。ところが、練習でやってみるとうまく機能しない。選手たちと話し合いながら模索しました。結果、鎌田のチームで採用している5―4―1を選手たちは提案してきた。これを監督もコーチも受け入れました」

 上野がさらりと言うが、“かなり成熟した監督と選手の関係”ではないか。勝負の根幹に関わる重要な決断を選手に任せる例をあまり知らない。

次ページ:選手の気持ちを優先

前へ 1 2 3 4 5 次へ

[3/7ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。