「偽装心中なら殺人罪も視野に」 猿之助事件の捜査の行方、刑法の専門家が語る
園田寿氏は甲南大学法科大学院で長らく教鞭を執った刑法学の泰斗である。一部情報が錯綜し、捜査の帰趨(きすう)が見通せない中、氏による猿之助事件の洞察と罪状の分析に耳を傾けたい。
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【写真10枚】29年前、慶應大1年生だった猿之助。やはり現在とは雰囲気が全く違う
日本の刑法において、自殺そのものは犯罪ではありません。ですが、他人の自殺に関与した場合は罪に問われます。
ここで問題になるのが、刑法202条に関する解釈です。条文は行為者が直接手を下したか否かによって、「自殺関与罪」と「同意殺人罪」という二つの犯罪類型を分けて規定しています。
まずは「自殺関与罪」。行為者が直接手を下したわけではない場合に成立する可能性のある犯罪です。
この「自殺関与罪」は、自殺する意思のない者を唆(そそのか)して自殺させる「自殺教唆罪」と、毒物を準備して手渡すなど、他人の自殺を手伝った場合に罪に問われる「自殺ほう助罪」に区分される。本件で真っ先に挙げられるのも「自殺ほう助罪」です。
一方で、「同意殺人罪」は行為者が直接手を下して殺人を犯した場合の犯罪です。
こちらは、加害者が被害者に依頼されて殺人を犯した場合に成立する「嘱託殺人罪」と、加害者の殺害の申し出に対して被害者が承諾を与える「承諾(同意)殺人罪」があります。
なお、いずれの法定刑も「6月以上7年以下の懲役又は禁錮」です。
起訴猶予になるケースも
一家心中は一般的には「一人では死ぬことができないところを、複数人が運命を共にすることで行動に移すことができた」と解釈されます。一緒に死んでくれる人がいることによって、お互いが死ぬ意思を強め合ったということですね。
したがって、仮に一人が生き残ってしまったら、自殺ほう助か自殺教唆に該当することになります。
もっとも心中で自殺ほう助が考えられる場合は、元々被害者本人に自殺する意思があり、行為者はその心理を強めただけに過ぎません。
また、民俗学者の柳田國男も著書『山の人生』の中で、一家心中で生き残った女性について〈意味もなしに生き残ってしまった〉〈抜け殻のような存在〉と記していますが、まさに心中の生存者は、残りの人生も苦しみ続けるわけで、そこに同情の余地がある。
警察・検察当局は刑罰の目的、すなわち「応報」と「犯罪予防」の観点からも、心中の生存者をあえて厳しく罰する必要はないと考えることもあります。その場合、生存者は実際には逮捕されても、起訴猶予になるケースもあるのです。
本件も猿之助さんの供述通り、事件前日に家族会議が行われ、家族みんなで死んで生まれ変わろうという結論が出ていたのなら、せいぜい自殺ほう助の罪に問われる程度でしょう。
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