苛烈なイジメ描写も世界的人気作に 相撲ドラマ「サンクチュアリ 聖域」の功罪
ハラってどこにあるの?
「ドラマなのだから野暮を言うな」と叱られそうだが、私はこのような「ドラマや映像の持つ影響力」を軽視してはならないと、スポーツライターの立場で、そしてひとりの人間としてどうしても感じてしまう。
一方で、そう言いながら、この映画にエールを送りたい気持ちがふくらんでいるのも事実だ。私はスポーツの本質を求めて、日本の身体文化の元にある武術を学び続けて来た。その過程で、相撲の基本とされる「四股・鉄砲」が、「筋力トレーニング」とはまったく目的の違う自己鍛錬だと思い知らされた。四股の効能をいまの日本人には「足腰を鍛えるため」と言う方が通じやすい。本当は違う。四股は「ハラを作る」「ハラを鍛える」ためにするのであって、筋力とは関係ない。すると「ハラってどこにあるの?」と聞かれる。ハラという臓器は存在しない。存在しないものを鍛えるなど「非科学的だ」と笑われ、この会話は立ち消えになる。目に見えないものは非科学的で語るに値しないという考えが、いまの日本社会の空気を支配している。
理屈抜きで
ところが、この映画を見た人の多くが、「四股ってすごいね」「四股をやってみたくなった」と言い始めている。私も近所の和食屋で、馴染みの若いスタッフから「サンクチュアリってドラマ、見たんですよ。相撲って神事なんですね。土俵の掃き方まできちんと決まっている。すごいです。知りませんでした。四股もやってみたくなりました」といきなり興奮気味に言われ、驚いた。これほどの影響力をこのドラマは発信している。
いまの日本社会でなかなか伝わらないもの、四股の意味や筋力勝負ではない相撲の本質が、この映画によって理屈抜きに伝わっているのだ。
そのために過剰な暴力やイジメ、ドロドロの内情描写が必要だったのか、それなしで伝える方法はないのかとやや途方に暮れながら、このドラマのお陰で、失われかけていた身体文化への目覚めが若者世代にも萌芽するのなら、それはうれしいことだと感じたりもする。
「サンクチュアリ-聖域-」は、おそらく日本相撲協会は絶対に推薦しないドラマだろうけれど、実はその日本相撲協会にとって、彼らがやりたくてもできなかった最高の啓蒙とプロモーションを果たすドラマでもあるのかもしれない。