雅子皇后“苦難の30年”を振り返る 適応障害、愛子さまの不登校
愛子さまにも苦難が
続いて、健やかに成長なさっていた愛子さまにも苦難が降りかかった。10年3月には、学習院初等科への不登校が表面化。原因は「いじめ」とされ、以降2年余りにわたり雅子皇后が登下校に付き添われたことも批判の的となる。適応障害と診断された雅子皇后の「ご体調の波」は依然収まらず、それでも一部のご公務には出席なさることから“選り好み”が指摘されたこともあった。
そうした中、16年夏に上皇さまが「生前退位」のご意向を公にされ、翌年には特例法が成立。御代替わりが近づく中、18年にご成婚25年を迎えられた両陛下は、こうつづられていた。
〈私と愛子をしっかりと支えてくれており、ありがたく思うとともに、心から感謝しています〉(陛下)
〈25年間は、短かったようでもあり長かったようでもあり、沢山の喜びも悲しみもありました〉(雅子皇后)
苦難を乗り越えて令和へ。19年11月、ご即位のパレードでは、国民の歓声を浴び、涙を拭われる雅子皇后のお姿があった――。