徳川家康を「6つの城」でたどる 天下人になってから構造が大きく変化した理由

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 戦国時代、大名にとっても国衆(在地領主)にとっても、領土を守り、また、奪い取る戦いが続くなかで、自身の拠点となり命綱となったのが城だった。

 隣国との領土の境目では、城の奪い合いが絶え間なく繰り広げられた。ましてや、拠点となる城は、長期間の籠城に耐えられる堅牢な造りでなければならなかった。落城はそのまま滅亡につながったからである。

 織田信長が総石垣で、絢爛豪華な建造物が建ち並ぶ安土城を築き、城に相手を畏怖させる機能を付与してからは、城にとって見た目が立派であることも大切になった。...

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