研修生応募者がついにゼロの異常事態 文楽は“令和の危機”を乗り越えられるのか
人間国宝と一緒に仕事ができる
そこからが、ようやく勘彌さんの“文楽人生”の始まりだった。すでに20代半ばだった。
「文楽がほんとうに好きになったのは、それからですよ。たしかに足遣いは肉体的にきつい仕事です。いつも屈んでいますから腰も痛めやすい。でもつらいことばかりじゃありません。足遣いとはいえ、人間国宝がやっている仕事の一部を担うことができるんです。世の中にはいろんな仕事があるけれど、こういう誇りを覚えるような職種は、あまりないと思いますよ」
しかし、下が入ってこなければ、いまの「足遣い」はいつまでたっても「左遣い」に昇格できない。いったい、どうなってしまうのだろうか。
「私も養成所の講師をやっていますが、途中でやめてしまうひともいます。残念なことではありますが、“一生の道を究める”みたいに、あまり深刻に考えないでいいと思うんです。私だって、文楽を見たこともないのに入所して、そのうえ、一度やめて、また出戻っています。もちろん、養成所は技芸員を育成するところですから、入った以上はプロになることが前提ですよ。でも、どうしても合わなければ仕方ありません。それよりも、奨学金をいただきながら、一流の師匠から日本の文化を学べる……最初はそれくらいの気持ちでもいいんじゃないでしょうか」
そして、今後、文楽をアピールする手段として、
「文楽はたしかに大阪で生まれた芸能です。しかしもう、地域のイメージにこだわる時代ではないと思うんです。日本から生まれた、世界的な古典芸能だと言っていいと思います」
フランスの人気劇団「テアトル・デュ・ソレイユ」(太陽劇団)は、東洋文化を取り入れた演出で知られるが、主宰演出家、アリアーヌ・ムヌーシュキンが、かつてこう述べている。
「シェイクスピアが今日イギリス人だけのものではなく、世界中の人々のものであるように、私は文楽も日本人だけのものでなく、世界共有のものだと思うんです。日本の人たちは、自分たちの伝統芸能の中に世界の宝物があるのだということを誇りにしていいと思います」(「和楽」2003年3月号より)
文楽は、過去、何度も存続の危機に見舞われてきた。大阪大空襲による焼失、労働争議から発した内部分裂、経営母体だった松竹の撤退……それでも一時の低迷を経て、2012年には年間入場者数が10万人を突破……かと思いきや、今度は橋下徹・大阪市長による文楽協会への補助金打ち切り。しかしそのたびに、文楽は危機を乗り越え、なんとか生き延びてきた。「令和の危機」ともいえるこの事態も、そうなって欲しい。
東京の国立劇場は建て替えのため、この10月で閉場する。再開は約6年後の予定だ。その間、文楽公演は「シアター1010」(北千住)や、「日本青年館ホール」(神宮外苑)などで行われる。会場が変わることで、新しい客層が期待できるかもしれない。
最後に勘彌さんが、こう呼びかけた。
「文楽は、歌舞伎のような家の芸ではないし、世襲制でもありません。極端なことをいえば、誰でも人間国宝になれるチャンスがあるんです。ぜひ一度、文楽を観ていただき、見学でもけっこうですから気軽に養成所を訪ねてほしいと思います」
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